朗報

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 俺には娘が二人いる。  まだ家内と付き合っていたころは、家内が仕事で相手をしている「赤ちゃんの可愛さ」を滔々(とうとう)と説明されても今一ピンとこなかったが、結婚し、自分の子どもを抱いて、初めてナニかが降りてきた。いや、雷のように落ちてきた。それほどの衝撃体験だった。  なんだ! このカワイイ生き物は!!   甘いにおいにプクプクのほっぺた。不随意な手足の動きに、理不尽な感情の動き。こちらの都合などお構いなしに泣いたり笑ったり怒ったり……。無駄にえらそうで、自分が世界の中心だと信じて疑わない万能感を漂わせてるくせに、かしずかれなければ何もできないこの矛盾。俺の娘らは、産まれた時からムチムチだったので、もれなく富士山のように引きむすばった不遜な口元をしていて、これもまたチャームポイントだった。  「可愛すぎて狼狽える」という感情を初めて経験した。これが「萌える」というやつなのか。ムシ笑いひとつでも披露されようものなら、それこそ周囲にふれ回りたくなるような高揚感に包まれ、今まで出したことのないような高い声で「おとうさんデスヨー」と言ってしまい、家内に大笑いされてしまった。   首も腰も座っていない新生児の抱き方を、家内に一から教えてもらった。産まれたばかりの時は、両掌で抱え上がられるほどの大きさ重さだったので、ついつい某ミュージカルの子ライオンを抱える様のように持ち上げていたが、「日々大きくなっていく赤ちゃんの体重を受け止めていると、あっという間に手首を痛める」と、安全で楽な抱っこの仕方と、長時間抱える時の方法を教わった。さすがに家内は慣れたもので、首の座っていない赤ちゃんでも肩に担ぎあげて家事をこなしていた。  そんなこんなで、上の娘ですっかり赤ちゃんの抱き方に慣れ、下の子の時は何も言われなくとも寝かしつけが出来るようになった。上の子は寝かしつけに苦労しなかった分、下の子の寝つきの悪さには、些か閉口したが、腕の中で寝落ちる瞬間を見られるのは、これまた至福であることを身をもって体験した。あの、白目をむいて瞼をピクピクさせながら、眠気に必死で抗っている様は、なんといういじらしさ! 「おー、がんばれー」と声をかけたくなる。  今では娘たちはすっかり大きくなり、赤ちゃんはとんとご無沙汰になった。会社の同僚のうちの子も小学生以上の大きな子たちばかりだ。市中で子連れやベビーカーを見かけると、つい目が行く。あの子は生後何か月くらいだろうか、と考える。通勤電車で子連れ出勤している人を見ると、大丈夫かな? と心配になる。前抱っこでぐずっている子とか見ると、顔芸であやしてみたりする。泣き止んで、ポカンとされたりすると可愛くて仕方がない。赤ちゃんは、長らく観賞用になってしまった。あの、プクプクプニプニで癒されたい! と思っても、無理な話。孫が出来ないことには叶わない夢だ。泣かれたり喚かれたりしても平気なんだけどなぁ。  赤ちゃんを抱っこしたい!そんな気持ちが日々募っていった。
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