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オフ会
次の週末、FPSゲームにログインしたら、早速トーマスさんに捕まった。
「バニカスさん、こんばんは! ちょっと聞きたいことがあって待ってたんですよ」
「はいはい、なんですか?」
「『赤ちゃん抱っこ師』イベントの協賛に入ってる『BwL』って団体のことについてなんですけど……」
「BwL?」
そんな団体あったか?
PCの別窓を開けて該当サイトにあたる。
あ、ホントだ。あった。えっと……何の団体だ?
「ベイビィ・ウェアリング・ラボラトリー?」
赤ちゃんを着る研究所? なんのこっちゃ?
「そうそう。それなんですけど、嫁がネットで抱っこ紐的なものを探してて行き当たったんですが、……。でも、嫁はピンと来たみたいだし、イベントの協賛にも入ってるし、大丈夫なとこなのかと……」
奥歯にモノが挟まったみたいで、なんかはっきりしない。一体、何が言いたいんだ? でも、正直、この団体のことについて俺には全然知識がない。家内なら知っているかもしれない。
振り返ってリビングの気配を探ると、丁度風呂上がりの家内が戻って来たところだった。
「トーマスさん、それ、家内の方が詳しい。今、家内に代わるわ」
「あ、すみません。お願いします」
オレの会話に「家内」ってワードが入っていたのを聞いて、家内がこちらを見た。
「ちょっと、オカさん! ヘルプ!」
「え? 何?」
「『BwL』って団体について詳しいこと聞きたいってメンバーがいるんだけどさ」
「あー、了解」
ヘッドセットを外して家内に渡す。家内はPCの音声ボリュームを上げてマイクに向かって話し始めた。
「こんばんは。バニカスの家内です。ええっと……」
「トーマスです。奥さんすみません。出てきていただいて」
ヘッドフォンからトーマスさんの声がする。ヘッドフォンをスピーカーフォンみたいにしているのだ。これなら、俺にも会話の内容が分かる。
「BwLについてお尋ねなんですね」
「はい」
「もともとは、八十年代に設立した『抱っこ研究会』っていうNPO団体です。国内の抱っこ紐メーカーさんが『赤ちゃんとの愛着形勢に役立つ情報を提供して、母親たちの商品選択の参考にしてもらおう』と立ち上げたものです。赤ちゃんを運ぶ補助をする道具は、いわゆる抱っこ紐だけではないので、ベイビィウェアリングという言葉を使ってます。要は、赤ちゃんを運ぶ道具においての『LDK』とか『暮しの手帖』とか……。男性なら『monoマガジン』って分かります? あんな役割をしている団体と思ってください」
「ははぁ……、思っていたより結構前からある団体なんですね」
と言うと、トーマスさんは黙り込んだ。
家内は、俺に目配せすると、口を開いた。
「トーマスさん、もしかして、奥さん、その団体が扱っているベイビィフォールドにピンときちゃったんじゃありませんか?」
「はっ? えっ? ……ああ、そうなんです」
家内は、やっぱりね、という顔をして俺を見た。
ベイビィフォールドは、俺も見たことがある。家内が仕事に使うからと購入したのを見せてもらったのだ。長い反物みたいな一枚布を身体に巻いて、赤ちゃんを抱っこしたりおんぶしたりするものだ。使うのに慣れやちょっとしたコツが必要だが、使う人の体型を選ばず洗濯も楽だし、なにより赤ちゃんと密着するので身体に負担がかかりにくいのだそうだ。
多分、トーマスさんは、奥さんが一般流通している抱っこ紐を買うものだと思っていたら、見たことないモノに飛びついて「買う」と言い出したので面食らったのだろう。
家内は、上の子の時からスリングと昔ながらのおんぶ紐を愛用しており、下の子の時は兵児帯一本でおんぶしていたので、一般流通している流行りの抱っこ紐の方を使ったことがないという猛者だ。勿論、ベイビィフォールドも使い方を習っていた。だが、自分の好みを推すようなことはしない。あくまで中立だ。
「トーマスさんがどちらにお住いか存じ上げないのですが、BwLは、今回のイベントにブースを出す予定です。各地に支部がありますし、定期的に無料講習会を開いていたり子育てイベントに参加してたりするので、もし、赤ちゃんを運ぶ道具を色々検討してみたいのでしたら、お近くの支部を検索してみてはどうでしょう。様々な商品サンプルを用意して待ってますので、一度現物に触れて使ってみてから購入の参考にしてみるのもいいと思いますよ」
「うーん……。そうですね。嫁に話してみます。ありがとうございました」
トーマスさんの返事を聞くと、家内はPCの音量を下げて俺にヘッドセットを返した。
「サンキュー。助かった」
「どーいたしましてー」
家内は踵を返してひらひら手をふると、リビングに戻っていった。
※『BwL』は実在の団体をモデルにして書きました。
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