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邂逅
邂逅
3月11日
朝から山門をくぐり寺を訪れる人の数は止まらない。
みなボチボチ、ボチボチ、
立ち止まりながら、
振り返って海原を眺めながら、
誰も、
小さな子ども以外は
忙しない人はいない。
ぼちぼち、ぼちぼち、訪れる。
震災の 津波に流された日、11日。
この日だけではなく、
亡くなった人の命日も不明な遺体が沢山あった。
今日から好きな時に、良い時に、
残された人が決めた日に、
皆、ボチボチ、ボチボチ、
家族に、知り合いに、縁のある人に会いに来る。
十年ですね。
もう、十年。
寺を訪れた老女がたおやかな微笑みを浮かべる。
あの子はもう着いたでしょうかね、
のんびりした子だったから。
誰かに連れて行ってもらえたらとね。
深く頷きながら、去年よりはまた曲がった背に手を添える。
はぁ、
あきらめたらいかんと思うけど、
しかたないしな、
死んだやつには申し訳ないが。
と言いながら座布団に座る脚をさする手は、
去年よりまた皺深く小さくなった気がする。
大きくなったでしょう。
もう5歳!
上の子は15歳。
もう高校生。
今年の桜は前の家で見れるかなあって、おばあちゃんにも言ってるのよ。
家も新しくなったし、仁恵さんも花見においでよ。
旦那も待ってるわ、
仏壇の中だけどね、あはは。
底抜けに明るくても、
潤んだ瞳には遠く穏やかな波間が映る。
復興ったって、役所の都合だもんな、俺たちにはちぃっともいいことなんてないけどな、しかたないな。
元には戻らんもんな。
こんな日だったっけねぇ。
寒い日だったことはよ〜く覚えてるけど。
水が冷たくて、痛いくらいで。
辛かったよなぁ、
海の水はしょっぱかったんかなぁ。
新しいものにもなれんとなぁ、
せめても、
あいつと話して、何か言いたいことがあるんだろうか。
おはようございます!
仁恵さん、久しぶりだね。
お寺この間の地震大丈夫だった?
うちのみんな、またびびってしまって、
ほら一番下の子はあの時の地震知らないからさ、
教えてやってたんだけど、
やっとこさわかったみたいよ。
大きかったもんね、
思い出したね、
寒かったもんね。
先生!仁恵先生〜
受かったんだよ、短大。
行きたかった看護課なの、
お母さんのやってたこと、やるんだよ。
わたし、看護師になるの。
あん時、今年みたいな感染があったら大変だったわ。
畳の上も、ほれなんだっけ?
ソーシャルディスタンスとかって、あんときみたいにみんなで肩寄せ合う距離なんて、
詰められなかったよね。
あん時はあん時で、、運が良かったってこともあったんかなぁ。
親を亡くした人、恋人を亡くした人、夫を妻を子どもを亡くした人。
友を亡くした人。
身寄りの誰かを亡くした人。
多くの人が寺を訪れる。
仁恵の足はしっかりとそこに立つ。
失われた人の魂の声を聞く、それが残されたものにできる事。
聞いて聞いて、きちんとそれを忘れない。
忘れてはいけない。
まだ声はそこにある。
流された土地、壊れてしまったものの下に上にそれはある。
無くさない、二度と無くさないように。
明が流された全てを奪われた土地に果樹園を作りたいという。
渚、恵や、
多くの人々が失われた身体の残された魂と向き合って、
繋いでいこう。
新しく作るものできるものにも、その人たちの言葉を遺して。
時は流れていっても、誰かがきっと思い出せるように、忘れないように。
何度でも
あの笑顔に、泣き顔に、怒った顔に、
に邂逅できるように。
出会えた、生きた。過ごした証を大切に、
全ての人のモノローグは記憶の中に大切に残される。
続く
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