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写真集
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「え!
こっちに来るの?週末?
やった〜!」
思わず出た歓声にせっかく寝かしつけたばかりの子が起きる。
ェウェウェ
と最初はかぼそかったり鳴き声が段々とスケールアウトする頃、
「 うわ、起こしちゃったか
ヤバ!
今、渚と代わるから 」
と慌てたように浅田さんは直ぐそばにいたらしい姉に電話を代わる。
「 なんで固定電話に電話してくるの?
そんな人最近では滅多にいないけど、
で、ちょっと待って 」
と言いながらそばのベットから抱き起こした陽太をちょうど良い位置に抱えると、テーブルの上に置いた子機を又耳に当てた。
ごめん、抱っこしたからと受話器越しに告げると、
渚の少し低めの声が聞こえてきた。
「 ごめんね、陽太ちゃん起こしちゃったみたいね。
地震の後でしょ、携帯より固定電話にかけた方が家が無事だってわかるからって 」
「 へぇ、そういう考え方もあるんだね、
家に居なきゃ出られないのに」
「 でも、兄さんといい恵ちゃんといい、家にいる確率の方が高いでしょ 」
「 まぁそうね、言われてみれば 」
と答えながら、兄の方に先にかけたんだなと言うことを把握した。
「 大丈夫だった?」
「 うん、引き出しが開いたり、いろいろ物は散らかったけど、ほら、うちかっちゃん消防じゃない。
陽太が生まれた時に上の方にあるものは全部下におろしたのよ。
すごい勢いでやってた。
あの時の記憶があるからね」
「 そうね 」
そこで暫く会話が止まる。
十年前とはいえ、まだまだ傷跡の残る土地に居る妹を、
そこを出て神奈川で暮らしている姉は慮っているんだろうな。
「 かっちゃん,又これからしばらく忙しいわね 」
「 毎度のことよ。
去年からの感染症で、救急も大変らしいし、
休みでも中々遊びに行けないもの 」
「 そう、
まぁでも、今はみんなそうね 」
「 それより兄さんところは?
揺れて直ぐにメッセージのやりとりはしたんだけど、
兄さんは兄さんでお寺のあれこれで忙しいだろうから兄さんの声は聞けてないの 」
それから暫くお寺や県内の被害の話をして、そして、
最後に渚は尋ねた。
「 ねぇ、明くんと会ってる?」
「 明くん?
うーん、えっと。
そうそう先々週遊びに来たよ。
ちょうど節分だったから。
恵方巻き買ってきてくれて、
まだ陽太が食べられないって言ったら驚いてたけど、
まだ一歳なのにね 」
子どもいたのにという言葉は本人が居なくても口にはしなかった。
察した渚もそれには反応しない。
「 変わらない?」
「 うん、変わらない、気がしたけど?
なんかあったの?」
「 ううん、
兄さんの話だと最近あまりお寺にも顔を見せないみたいだから 」
「 あぁ、今コロナでどこの事業所も交代勤務だから忙しいんじゃない?
私、電話してみるよ」
「 そうね、ありがとう。
とにかく金曜にはそちら行くから、陽太ちゃんの顔を見せてね 」
最後は明るい声で電話を切った姉の渚。
明くんのこと、何かあるんだろうか?
先々週来て食べて行きなよって言うのに、
この後人と会う約束があるからって夜ご飯前に帰った明くん。
良い人できたのかなぁと、非番だったかっちゃんと話して……
今年の節分は平日だったのに、
仕事途中で来たのかな。
夫の勝行が不規則な休みなため日曜日や休日の感覚が少し狂ってる恵は今までそのことに気にもしなかった。
独身時代ならけっこう小さなこと、特に明の事だったら把握できてたのに。
十年も経つといろいろ環境と状況が変わり、大切だと思っていた人との距離も変わって来たことに気づく。
明くん、節分にわざわざ何で来たのだろう?
そう言えば、何か本の事?を話していたような気がする。
何だっけ?
気になった事はその時晴らしとかないと、とせっかちな自分。
日記代わりにつけているスマフォの予定表を呼び出し、明の訪れた日をスクロールしていく。
指が止まったそこには、
明に渡した本の名前が書いてあった。いや、これは本じゃなくて、
写真集だ。
かっちゃんの消防の先輩から聞いて、予定表にメモしてたその本は震災で散り散りになり失われた命、
その家族の写真集だった。
続く
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