なにか、居る

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なにか、居る

 甘い香りが家の中に満ちるようになった。香りの元は庭の大木で、白い房状の花を付け始めたのだ。調べると、この木はニセアカシアという。別名、ハリエンジュ。名前の通り、枝の付け根に鋭い刺が生えている。不思議な木で、花は天ぷらにして食べられるし、採れる花蜜は高級品とされているのに、樹皮には毒性があるという。  ところが困ったことに、蜜を求めて蜂がワンサカ飛来するのだ。刺激しなければ襲われまいが、転た寝する顔の横を羽音が通過するのは心臓に悪い。更に、この花は散ると、房から花粒がポトポトと降る。黄ばんだ花が雨あられ。庭にも塀の外にもパラパラ落ちる。掃いても掃いても、切りがない。 「こんなことなら、食べちゃえば良かったわ」  夕食後、居間のダイニングテーブルで月明かりを肴にロゼワインをちびりと飲んで愚痴ったら、ふふふと笑う女の声が聞こえた。ハッとして部屋の中を見回すも、当たり前だが誰もいない。  ――酔ったかな。  大して飲んだ感覚はないんだけど。グラスの中身をクイと開けて、頭を掻きながらシンクに向かう。その夜は早めに就寝した。  翌日、2階の出窓部屋のドアを開けると、カーテンが揺れている。 「え、なんで?」  窓を開けた覚えはない。むしろ、部屋を出る前には必ず窓を閉める。カンバスが雨に濡れたり、突風でイーゼルが倒れるのが怖いからだ。  出窓に近づいて外を見る。斜め前にはハリエンジュの木立が揺れているが、この木を登って窓に辿り着くには距離がある。そんな離れ業は翼がなければ無理だし、第一、この出窓は外に押し開くのだ。  納得出来ないけれど、見つからない答えに拘っても仕方ない。溜め息で割り切って、作業用のエプロンを着けた。  ところが、同じことがその後も続いた。幸いなことに、濡れも倒れもしなかったが、気のせいや見て見ぬ振りで誤魔化すことは、もう無理だ。
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