なにか、居る

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 不可思議な現象の答えは、呆気なく得られた。  最初に窓が開いていた日から、数えて10回目。私は意を決して、泊まり込むことにした。毛布と枕を持って、部屋の隅で丸くなる。水筒に熱いコーヒーを用意して、小さなランプを点し、この家の本棚にあった小説を読む。タイトルだけで適当に選んだその本は、運命的な出会いの後に結ばれた男女が、女の病によって引き裂かれる悲恋だった。男は彼女と暮らした家の庭に、彼女が愛した木を植えて、独り彼女を想いながら生涯を終える――ありきたりだけどセンチメンタルな物語。どうせ同じ悲恋なら、こんな風に想われたかった。春とはいえ深夜を過ぎると薄ら寒い。コーヒーで身体を温めたけれど、自分のチープな失恋が蘇り、後味はやけに苦く感じた。  ――あれ?  ランプの光が弱くなった気がして、顔を上げた。カーテンの外が明るい? そう思った、その時。窓が音を立てた。  ――カタ……カタ、カタッ、ガタ……ン  フワッと青臭く湿った風が吹き込んできた。頰を撫でる程度の柔らかな夜風。  靡いたカーテンの間から、月明かりが差し込む。その円やかな淡い光の中に、白いモヤが堪っている。 「……ヒッ」  喉が嫌な音を立てた。  白いものはヒュッと形を変えて、唐突に少女の姿を取った。全身が真珠色で腰までの長い髪に大きなアーモンドアイ、手足が細長く……裸足の足元には影がない。 「でっ、出た……」  背中の枕を胸の前に抱え直して、毛布の前を掻き合わせる。 『あら、見つかった』  少女は私を認めると、薄い唇の端を上げた。 「で、あなたは幽霊なの? 妖怪なの?」 『さぁ……?』  改めて、深夜2時(丑三つ時)。イーゼルの前の椅子に腰掛けた少女は、身体と同色のワンピースから覗く足を綺麗に組んで、小首を傾げた。 「だって、人間じゃないでしょ」 『そうみたいね』  あっけらかんと答える彼女に悪意は感じない。でも、人外の心なんて分からない。取り殺す、なんて豹変しないとも限らないもの。 「なにしに現れたの」 『あら、随分ね。この場所に居るのは、なのよ』 「待って。じゃあ、私の前に住んでいた宍倉さんは、あなたのこと……」 『ヒロミ? ええ、知ってるわ。彼は、あたしをカナコって呼んでたわよ?』  彼女は、綺麗に微笑んだ。  なんてこと! とんだ訳あり物件じゃない! こんな所を親戚に紹介するなんて! 『あなた、素敵な絵を描くわね』  内心激しく憤る私を余所に、カナコは真顔でカンバスを眺めている。 「あっ、ありがとう」 『あたしね、ここから見る景色が大好きなの。微かな潮風も、キラキラ輝く白波も』  はにかむようにうっとりと瞳を細める。少女らしい表情に目を奪われる。そして、気持ちも。 「……分かるわ。この景色があったから、また描きたいと思えたんだもの」  私もこの景色に魅入られた。共通する価値観に、憤りも恐怖も消えている。何故だか、カナコが古い友人のようにさえ思えて――。 『ふふふ。あなたとも、仲良く出来そう。また来るわ、じゃーねぇー……』  現れた時より唐突に、彼女はスウッと掻き消えた。椅子の上には、差し込んで来た月明かりだけが堪っていた。
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