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カナコが現れるのは、決まって月のある晴れた夜だ。2階の出窓だけでなく、1階のベランダからも入って来るが、最初から家の中に居る訳ではなかった。
「あなたは、いつからここに居るの?」
『さぁ? ヒロミの前に、髪の長い人が住んでいたのは覚えているけれど』
条件を満たした夜、私はカナコとお喋りするようになった。平均5分。お茶を一杯飲むのにちょうど良く、いつしか真夜中のお茶会を心待ちにするようになった。
『あの絵は、いつ出来上がるの』
「そうね……8月の終わりまでには仕上げたいわね」
今夜のお茶は、アイスミントティー。爽やかな香りに、カナコは不思議そうに私のグラスを覗いている。彼女自身はお茶を飲むことはないけれど、カップの中身には興味があるらしい。実際、彼女は人間の生活に好奇心旺盛だった。
『どうして8月?』
「実はね」
グラスを置くと、カランと涼しげな氷の音が鳴る。そろそろ夏の暑さが本格化してきた。今はまだ扇風機で凌げるけれど、来週辺りエアコンが必要か。
「コンテストに出してみようと思うの」
市が主催する「我が町の風景コンテスト」。来年、新幹線の新しい駅が出来る記念に、絵画作品を募集していると、広報誌に書いてあった。特賞作品は、新駅の壁面を飾るらしい。
『ステキ!』
カナコは瞳を輝かせた。
『あたし達の自慢の景色だし、ヨーコの絵は美しいわ。きっと認められるわね!』
「ありがとう」
手放しで褒めてくれる彼女の言葉は、無くしていた自信を与えてくれた。明確な目標を定め、彼女に打ち明けたことで、益々描くことに没頭した。暑さがキツくなると、2階に扇風機を抱え上げ、早朝と夕食後、毎日最低8時間は缶詰になった。そして8月の最終日、なんとか締切に滑り込ませることが出来たのだった。
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