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ある日、帰宅すると茶封筒が届いていた。差出人は、市役所の地域振興課――絵画コンテストの結果の通知書だ。緊張しながら開封する。
『おめでとうございます! あなたの作品は市長賞に選ばれました』
後日、特別賞は、市内の某小学校6年2組の25人が、卒業記念に共同制作した大作――岬の灯台と海と空――と知った。表彰式の後、市民ホールに展示された実物を見て、敵わないなぁと笑顔が溢れた。明るく素直な郷土愛に満ちた、活き活きとした作品だった。
「あの、岩城さんですよね?」
「はい? 私ですけど」
ホールを出ようとした時、背後から呼ばれた。
「僕、地域振興課の奥薗と申します。実は、あなたに市の広報誌の表紙画をお願いできないかと思いまして」
礼儀正しく名刺を差し出したのは、ツーブロックの髪に眼鏡をかけた生真面目そうな青年だった。その足で1階の喫茶ルームに連れられ、2年契約の書類を提示された。警戒する私に、苦笑いしながら「後日、市役所に来てください」と頭を下げて帰って行った。
「なんか、甘い香りがする」
その彼と、来春結婚する。奥薗さんは、本当に地域振興課の課長さんで、広報誌の表紙の打合せや現地取材と称して、月に3回は顔を合わせた。マメな人だなぁと感心していたが、やがて打合せはデートの口実に変わった。
「ああ……ハリエンジュの香りがここまで届くのね」
カーテンが揺れている。カラリと開けて、ベランダの外に出ると、夕焼けが西に退いて、街が深い青に沈んでいく。丘の上に建つタワマンの見晴らしの良い一室だけが、何故か格安物件になって売れ残っていたのは、思うに偶然じゃない。奥薗さんは一念発起してローンを組み、ここを2人の新居に決めた。
建物を囲む公園には、数多のハリエンジュが白い花房を垂らしている。
今夜は、越して初めての満月だ。久しぶりに紅茶を入れて、独り深夜のお茶会を開くつもり。ベランダを大きく開けて、ダイニングの向かいの席を空けておくから。
【了】
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