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☆
とはいえ、俺も普通の人間だ。
手を止めずに作業していたところで、腹が減るのは止められない。
午後の会議後(書類はなんとか間に合った)、気分転換に屋外の喫煙所へと足を向けた。
植え込みに腰をかけて、タバコに火をつけたところで、ぐうっと腹が鳴る。ついでに盛大なため息と紫煙を吐き出した。
「ふふっ」
突然近くから笑い声がした。
正直誰もいないと思っていたから、かなり驚いた。でもいい歳のおっさんが情けなくビビった反応はできなくて、ただその笑い声がした方を睨みつける。
誰だ?
腰丈の植木が並ぶ向こう側に、茶色い頭が覗いている。
「中居さん、おれですよ。いつもお昼の、」
「ああ…弁当の人か」
くるりとこちらを振り返ったそいつは、いつも昼休憩の時に会社に弁当を配達にくる若い男だった。
俺よりもずいぶん歳下で、女性社員がヒソヒソとカッコいいと話しているのを何度か聞いたことがある。
俺自身はたまに弁当を買うくらいの関わりしかなかった。だから相手が俺の名前を呼んだことに驚き、でも社員証を見ればすぐにわかることだとも思った。
「お昼食べました?」
男は先程の俺の腹の音を聞いていたからか、心配そうな(笑ったクセに)表情で言った。
「食べてない」
「じゃあ、これあげます」
はい、と言って差し出されたのは、毎日昼休みに五百円で売っている日替わり弁当だ。味気ない容器に目一杯、色とりどりのおかずが詰まった日の丸弁当。
近くの料理屋が、昼間にだけ配達してくれるものなので、味は驚くほど美味い。
思わず浮かせてしまった手を、咄嗟に引っ込める。
「……今金持ち合わせてない」
「そんなのいいですよ。余ってるんであげます。持ち帰っても仕方ないので」
それにと、男はまた笑った。爽やかで嫌味のない笑みだった。
「中居さんのお腹が、食べたいって言ってるの聞いちゃいましたし。あと、おれの個人的な感情なんですけど、中居さんいつも食べたり食べなかったりでしょ?心配なんですよね」
途端に自分の顔が熱くなるのがわかった。
歳下の男に気を遣わせているのが恥ずかしかった。
「ほら、貰ってください」
再度差し出された弁当を、複雑な心境で受け取る。
「……ありがとう」
「これくらいしかできませんが、いつもお仕事お疲れ様です」
そう言って、ニッコリと微笑む男に、俺はなんとも言えない気分になる。
社会人になってずいぶん経つが、人から労いの言葉をかけられたのは初めてかもしれない。
大学までは、社会に出れば人の為になれる人間だと思っていた。
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