第一話

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 そんなのはただの希望的観測だったのだと、思い知ったのはわりと早い段階で、それからは惰性のような生活を送っている。  嫌いな上司、我関せずの同僚、早々に消えていった同期。  この世の中に、他人を慮る奴なんていない。  と、思っていた。本気で。 「お疲れ様なんて、言われたの初めてだ」 「そうなんですか?あんなにお仕事頑張ってるのに」 「頑張ってるわけじゃない。仕事だから」  自分でも変な事を言っているなぁとは思う。普通は仕事だからこそ頑張るわけだが、もはや仕事を頑張ろうとは思えない。  かと言って何か他のことをしようとも思わない。  若い子を前に言うことでもないが、すっかりやさぐれた大人なのだ。 「ところで、そんなところで何してたんだ?」  気恥ずかしくなって話題を変えた。昼休憩はとうに過ぎているのに、この若者はここで何をしているんだろう? 「午後の二コマ目から講義で、それまで時間潰そうと思って」  植え込みの向こう側、よくよく見てみれば、どうやら昼食の最中だったようだ。 「店に戻っても良かったんですけど、天気がよくて…」 「よその会社の敷地でピクニック?」 「まあ、そんな感じです」  変な奴、と思ったけど口には出さないでおく。 「ってもこんなタバコ臭いところで食べなくてもいいだろーに」 「あはは…そう、ですよね」  なんとなく歯切れの悪い返事だ。最近の若者は一体何を考えてるのか、おっさんの俺にはよくわからない。 「そろそろ戻らないと。弁当、ありがとうな」  咥えていたタバコを灰皿に投げ捨て、再度礼を言う。 「ちゃんと食べてくださいね」 「あぁ、夕飯にする」 「できれば昼ごはんにして欲しいんですけど」  ジト目で見つめられ、俺は少し微笑んだ。 「俺もそうしたいよ」  確かに腹は減っている。でも時間がないのも本当だし、どうせ今日も残業なのだ、早めの夕飯に丁度いい。 「明日はお昼に買ってくださいね!」  去り際にそんな声が聞こえて、俺は振り返って肩をすくめる。 「ああ、そうする。じゃあな」  気のいい若者だったなぁ、なんてマジでおっさんみたいなことを考えた。
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