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――ピーンポーン。
インターホンが鳴って数秒後、若い女性の声がドアの向こうから聞こえた。
「起戸見さーん。居ますかー? 居ますよねー? 居ないと困るので返事してくださーい」
文時は丁寧に発音されるソプラノを聞いて目を開けた。
薄手の掛け布団から右半身を出して、仰向けになっていた体を反転。畳を這いずるように玄関へ向かう。文時がドアノブに辿り着くより先に扉が開いた。
――ガチャッ。
麗らかな風が、文時の額に吹き付け、髪を後ろに撫で付ける。同時に夜の間に冷え切っていた冬の部屋に、春が訪れた。
「あっ」
呻き声の様な言葉を発した彼の視線の先には、長く艶のある黒髪を下した女性が立っていた。
「もう! 不用心じゃあないですか!」
四つん這いになっている文時を見下ろしながら、子供を叱るように言う。
彼女は解錠するでもなく開いてしまったドアについて怒っているようだった。
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