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8. ミカミくんの葛藤
興味を持ったものを撮る。
僕は、きれいなものに興味がある。
去年までずっと同じ女の子を撮っていた。飽きたわけじゃないよ。距離が遠くなったら、撮れなくなって、撮りたいと思わなくなった。
君に興味を持った。
きれいなものは撮りたい。
きれいなものは近くにいて欲しい。触りたい。
僕はわがまま。そんなこと知ってる。
同じ性別だから、甘えが出たのかな。
会いたいとか、別に、わざわざ言わなくてもいいんじゃないかなって。
側にいても、ほら、おかしくないんじゃないかって。
同じ性別だから、言えなかったのかな。
僕は君に興味があるって。
君に会いに、あのスタジオに通ってた。あの女の子を描くためじゃない。そういうふうに言えばよかったのかな。
今日も上手く眠れない。
気怠るい夏休み。卒業制作も論文も、ちっとも進まない。
消しゴムはんこの会とか、60年代イエイエごっことか、かき氷パーティとか。そんなイベントを渡り歩いたり。
明け方に、みんなで、友達のバイトしてるコンビニに行って「お弁当」の旗を盗むふりして遊んだりとか。
君のいない夏のモラトリアム。
たまに一人になりたくなるから、自分の部屋に人を呼ぶのはやめた。夏休みに部屋を解放したらエンドレス宴会になっちゃう。
だけど、一人になると上手く眠れない。
午後4時。
いちばんやる気のない時間、駅の改札を眺めるようになった。
コンビニのイートインコーナーの隅っこで、やけに近未来的な駅の建物と、電車と、改札から吐き出されてくる人々を眺める。
歩道に照りつける灼熱の太陽。
太陽は好きじゃない。
夏の海なんて、足首まで。
筋肉なんて、僕にはいちばん縁が無かった。
夏休みも終わりかけ。
僕は君を見つけた。
重そうなショルダーバッグを持っているのに、妙に姿勢が良いのが、遠目からでも分かった。
自分が何を待っていたか、はっきりした。
僕はアイスコーヒーの容器をコンビニのゴミ箱に突っ込んで、改札に向かって走った。
自分で自分に言う。
やあ、走るのって、何年振り?
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