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5. カシワダくんの葛藤
体育学科専門A棟2階の第5スタジオ。
長いな。この場所の名前。
君はほんとうに見学に来たし、しょっちゅう現れるようになった。
絵を描いてたね。
デッサンていうのか、クロッキーっていうのか、分からないけど。
俺の姿を描いてくれていて、さすが上手いねって言ったら、でも僕は視覚伝達だから、と言ってた。
言ってることが、よく分からなかった。
君や君の友達の言っていることが、半分も分からない。
そういうことが、よくある。
クールダウンのためのストレッチをしているときに、君がスタジオの端っこで、鏡にもたれてうたた寝していることに気がつく。
そういうことが、よくある。
風邪ひかないかなって、気になる。
仕方ないから、俺のジャージをかけてあげる。
額に垂れている、くるくるの巻き毛にちょっとだけ触る。
いいのかな、こんなことして。
肌が白いなぁ。
日に当たるのがイヤだって言ってた君。
間近で見ても、すべすべしてる頬。
ゆるく閉じられた唇に、吸い寄せられるようになって。
鏡に映る自分の姿に、うろたえる。
壁一面の鏡に逃げ場はない。
こんなことして。良くはないよな。
こんなことって、なんだろう。
よく眠っている君を起こすのが何だかもったいなくて、君の隣に腰を下ろす。
君が俺の肩にもたれかかる。
君の息遣いが、俺の首すじをさわさわと、くすぐる。
俺は練習のあとだから、きっと汗の匂いがするはず。
君からは、いい匂いがする。シャンプーの匂い。
君の髪を触りたい。
指を巻き毛に絡ませたい。
なにそれ。
やっばい。
俺は自分の両手に顔を埋める。
俺の顔、今きっと赤い。
いいのかな。そんなことして。
いいのかな。こんなこと考えてる俺。
ポリコレ的には。
まあ、有りか。
じゃあ世間的には…?
それよりも。
君としては?
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