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 彼は当然のように私に「初めまして」と告げる。薄ら浮かべた笑みも、私のよく知るシーグルドそのものだった。私は状況が理解出来ず混乱する。なぜここに彼がいるのだろう。彼は王子と同名の庶民ではなく、まさかアナの言う通り、本当に王子だったとでも言うのだろうか。  私がそんな風に考えていると、使用人から挨拶を促される。私は大人しく「初めまして」と告げた。  私は混乱した頭でシーグルドを見つめる。彼は笑みを浮かべたままだ。 「一度2人で話したい。お前たちは退出してくれ」  シーグルドがそう言うと、使用人たちは次々と退出していく。私たち2人を取り残して、部屋の扉は閉まった。  シーグルドに席に座るよう促される。私は大人しく腰掛けると、彼も向かい側に座った。 「……どういうこと? あなた、まさか王族だったの?」  私の言葉に何がおかしかったのかシーグルドが笑みを溢す。私は彼を緊迫した表情で睨んだ。 「そう睨まないでくれ。別に隠してたわけじゃない。聞かれなかったから答えなかっただけだよ」 「普通、話すでしょう? 私のこと騙して、楽しんでいたの?」 「別に楽しんでねーよ。ていうか普通、気づくだろ。お前がこんなに鈍くなければな」  私は彼を睨み続ける。彼は特に動じず話を続けた。 「それよりも、どうしたんだ? 急にこんな縁談を持ち込んで。ついにお前も権力に目が眩んだか」 「とぼけないで。王族なのだから経緯は全部知っているのでしょう」 「まあ、大体は陛下から聞いてはいるが」  彼は怪訝な顔でそう言う。私は少し俯くと言った。 「あなたも知っていると思うけれど、私は今回、おば様に強要されて公妾になった。でも、私はヤーフィス家当主の座を諦めない。お母様との約束だもの……。だから、安心して。いつか公妾は辞退するわ」  私がそう呟くと、シーグルドは目を伏せる。そして口を開いた。 「なるほど、ね。でも、当主の座奪還はどうやるんだ? まさか、何の手立てもないわけじゃないよな」  シーグルドに痛いところを突かれる。実際今は何の手立ても思いついていない。 「……分からない。だけど、状況は刻一刻と変わっていく。今はチャンスを待ちたいの」 「珍しく、漠然としているな。……まあいいけど。俺も協力してやるよ」 「本当?」  私は期待の眼差しをシーグルドに向ける。 「ああ。その代わり、一応公妾になったんだから、公にはその通り振る舞ってくれ。でないと後々面倒なことになる」 「ええ、もちろんよ」  私がそう言うと、シーグルドはこちらに目を向ける。やはりいつもの薄ら笑みは相変わらずだった。私も強く見つめ返す。私の決意が本物だということを伝えるために。  こうして私たちは、公には公妾と王子の関係を演じることになった。 「……そういえば、お前の両親は馬車の事故で亡くなったと聞いた。それは本当か?」  突然、シーグルドが深刻そうな表情でそんなことを聞いてくる。私はこの目で見た通りのことを話した。 「本当よ、現場を見た。……けど、どうにも腑に落ちない。お父様とお母様が馬車の事故で死ぬなんて考えられないの」 「俺も同感だよ。お父上のことはあまり知らないが、神聖魔法まで使えるお前のお母上が、馬車の転倒で死ぬはずがない。きっと、何か別の要因が絡んでいる」  彼は珍しく真面目な顔つきでそう言う。 「あなたもそう考えているの? だとしたら、一体誰がこんなことを……」 「とにかく、今は気をつけた方がいい」 「……分かったわ」  いつもおちゃらけている彼が真剣にそう話すということは、本当に危険なのだろう。彼がどこまで推測しているか分からないが、お父様とお母様の死が他殺かもしれないという事実が以前よりも明確になった。  そう考え込んでいると、シーグルドがふといつもの表情に戻る。 「そういうわけだから、護衛を1人ヤーフィス家に送らせる」 「護衛……?」 「あの学校は比較的安全だが、家は必ずしもそうじゃない。護衛がいれば幾分かマシになるだろ」  そう言って彼は欠伸をする。私は彼の提案を拒否した。 「護衛なんて要らないわ。変に気は使わなくて結構よ」 「一応お前は俺の公妾だからな。お前の安全を守るのも俺の役目というわけだ」  彼はふざけてそんなことを言う。私は彼のおちゃらけた態度にため息をつくが、彼の方に目を向けると告げた。 「……ありがとう。それじゃあ、ご厚意はありがたく受け取っておくわ」  私がそう言うと彼は優しく微笑んだ。  その後、私は行きと同じ馬車に乗って帰路に着いた。まさか、庶民だと思っていたあのシーグルドが王子だったなんて、衝撃だった。どうしてエルは教えてくれなかったのだろう。  最近は色々なことがあり過ぎて、学校に通っていたのが遠い昔のような気がする。久しぶりにアナの顔が見たい。普段通りの生活を送りたい。そう思った。  しかし、きっと実現しないのだろう。学校に行き始めたら、今度はまた違う理由で騒がれることになるのだろうから。  私は日頃の疲れから、馬車の中で静かに眠りについた。  数日後。ヤーフィス家にシーグルドから送られてきた護衛の人が到着した。 「初めまして、これからよろしく」  そう声をかけると、彼は恭しくお辞儀をする。護衛と聞くとがたいの良い大男をイメージしていたが、意外にも彼は私より1つ年下の笑顔が可愛い少年だった。 「リリアーヌ様、初めまして。王族直属部隊第一部隊隊長を務めていました、ヨセフと申します。よろしくお願いします」  彼は元気良く挨拶をする。私は当初あまり気乗りはしていなかったが、気さくな彼のことは一目見て気に入った。 「リリアーヌ様。さっそくなのですが、リリア様ってお呼びしてもいいですか? 俺堅苦しいのが苦手で」 「ええ、大歓迎よ」  彼とはすぐに打ち解けた。人懐っこくて、彼はシャルロットとも仲良くなった。おば様は王族からの護衛ということもあり、表面上は彼に良くしているが、警戒しているようだった。  しかし、冬の長期休暇はもうすぐ終わる。私は学校のため、彼を屋敷に招いてすぐ王都に帰らなければいけなくなった。 「俺も王都までご一緒しますよ」 「大丈夫よ。ここからは数時間で着くし」 「何かあったら俺がシーグルド様に怒られるんで」  彼はそう言ってにこっと笑う。素直に彼に同行をお願いすることにした。 「それじゃあ、お願い」 「喜んで!」  出発の日。私は侍女ではなく、護衛のヨセフと馬車に乗る。数時間ほどの道のりの最中、彼と話す時間を楽しんだ。 「リリア様の話は、いつもシーグルド様から聞いていましたよ」 「え、私の話を?」 「はい。学校に面白い子がいるって! シーグルド様、嬉しそうだったなあ」 「あんまり想像出来ないわね」  そんな会話をしながら馬車は進んでいく。するとヨセフは突然、俯く。そしてゆっくり口を開いた。 「俺は小さい頃、シーグルド様に救われたんです。身寄りもなく、野良犬のような生活をしていた俺に魔法や剣術を教えてくれた」 「シーグルドがそんなことを?」  普段のふざけている様子からはあまり想像が出来なかった。 「はい! 今の俺がいるのはシーグルド様のお陰なんです。だから、シーグルド様の大切な人を守るのも俺の使命なんですよ」  ヨセフは嬉しそうに微笑む。エルやアナから言われた彼のイメージと、ヨセフから言われる彼のイメージはかけ離れていた。  どちらが本物の彼なのだろうか。  そんなことを考えていると、馬車が王都に入る。馬車から、学校のあの塔が見えた。
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