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 馬車は塔が見えてから程なくして学校の門前に着く。私は馬車が止まるとゆっくり地面に足をつけた。 「リリア様、学校の中でも気をつけてね」 「ありがとうヨセフ。行ってくるわ。シャルロットのことよろしくね」  私の言葉にヨセフが頷く。私はそのまま馬車が帰るのを見送った。  学校に帰ってきた。これからのことはなんとなく想像できるが、決して逃げはしない。私は校内へ歩みを進めた。  寮館に着くと、まっすぐ自室へ向かおうとする。その廊下の途中で、さっそく一番会いたくない人に会ってしまった。 「あら、リリアーヌさんじゃないの」  声に俯いていた顔を上げる。目の前にはパトリシアとその取り巻きたちがいた。 「何かご用?」 「驚いたわ、随分やつれたのね。ご両親、お気の毒ね。さすがに同情するわ。けれど、あなたがそこまで王族好きだったなんて思わなかった」  きっと私が公妾になったことを言っているのだろう。彼女は私が公妾になった経緯を知らないはずだ。しかし、公には公妾であると演じることをシーグルドと約束している。本当のことを話すわけにはいかなかった。 「事情があるの。私には関わらないで」  そう言って横を通り抜けようとするが、道を取り巻きに阻まれる。 「一体何が狙いなの。王妃の座? 王族の資産? あなたみたいな人、シーグルド様が好きになるわけないでしょう」  珍しく、パトリシアがいつもより低い声でそう告げる。 「言っておくけれど、シーグルド様は私のものよ。王妃になるのもこの私。あなたはただの公妾よ」  それを聞いて私は思わず笑みを溢す。私が笑ったことに対してパトリシアは睨んで言った。 「何がおかしいの」 「別に。ただ、そんなに必死になれて羨ましいと思っただけよ。私には決して持つことの出来ない気持ちだから……」 「馬鹿にしているわね!」  パトリシアは憤慨して、私に手を上げようとする。私はそれを尻目に受ける気でいると、手が第三者によって止められた。 「暴力はよしたら? パトリシア」 「アナ……」  そこにはパトリシアの手を止めるアナがいた。久しぶりに会う親友は何も変わっていなかった。  パトリシアはアナの手を振り切ると、私たちを尻目に言った。 「いいわ。今日はこのくらいにしておいてあげる。次はこれじゃ済まさないから」  そう言って彼女とその取り巻きたちは去って行った。 「久しぶり、リリア」 「……久しぶり」  親友は以前よりも元気のない私を見ても、いつもと変わらず優しく微笑んでくれた。  私たちは廊下を並んで歩く。その間何も喋らない私に、アナはいつも通りの口調で言った。 「少し、お話しをしましょうリリア。よければ私の部屋に来て」 「ええ、荷物を置いたらお邪魔するわ」  廊下を歩いて部屋の前まで辿り着くと、扉を開けて部屋に入る。久しぶりの寮の自室は以前と何ら変わりなかった。私は大きな荷物をひとまず扉の近くに置くと、部屋を後にして隣にあるアナの部屋に入った。  アナは早めに到着していたようで、荷物はすでに綺麗に片付けられていた。 「リリア、体調はどう?」 「何ら変わりないわ。ありがとう」  アナは私のことを心配してくれているようだった。私は何を言うべきか思い浮かばず口をつぐむ。私たちの間に、しばらく沈黙の時が流れる。そんな中、アナがゆっくりと口を開いた。 「リリア、これだけは先に言っておくわ。安心して。何があっても、私はあなたの味方だから」  アナは、同情も哀れみも一切口にすることはなかった。ただ、その言葉は私の心に深く響いていく。泣くつもりなど全然なかったのに、気がつけば私の目からはたくさんの涙が溢れた。手で何度掬っても指から溢れていく涙を、私は止めることは出来なかった。  そんな私の背中をアナはさすってくれる。私が泣き止むまでずっとそうしてくれたのが私の救いだった。  私がしばらくして落ち着くと、アナはハンカチを私に渡してくれる。 「ありがとう、アナ」 「いいのよ。落ち着いた?」 「うん」  アナの綺麗なレースのハンカチで涙を拭う。ハンカチは涙で台無しになってしまった。  私はアナに、お父様とお母様が亡くなってからのことをゆっくり話し始めた。ヤーフィス家に引き取られたこと、ヤーフィス家のおば様の指示で王子の公妾になったこと……。それらの話を彼女は真剣に聞いてくれた。  私が庶民だと思っていたシーグルドが、本当に王子だった話もすると、アナは驚いて言った。 「まさか、あなたが話してた人、本当に王子だったの?」 「王子だったわ。ごめんなさい、いつかのあなたの推測は正しかったのに」  私はそう謝ると、アナは「それはいいのよ」と言った後、真剣な表情をする。 「でも、結果的には王族と関わらなくてはいけなくなってしまったのね……。王族の方と会う時は無闇な発言はしない方がいいわ」 「ええ、そうするわ。でもシーグルドは、私がヤーフィス家当主の座を奪還することに協力すると言ってくれた。何となく、彼は他の王族の方とは違う気がするの」  私がそう言うとアナが考える仕草をする。一瞬の沈黙の後、彼女は言った。 「それでも、彼が王族であることに変わりはないわ。用心するに越したことはないと私は思う」 「そうね。用心する」  私はそう言うとハンカチを綺麗に折り畳む。アナはそんな私の様子を見て言った。 「何かあったらいつでも頼って。きっと力になるわ」 「ありがとう。久しぶりにアナと話せて嬉しかった。ハンカチ、汚してごめんなさい。後で綺麗に洗って返すわ」  私はそう言ってアナの部屋を後にする。自室に戻ると、荷物をほったらかしにしてベッドに仰向けに寝転んだ。  彼女は以前と変わらない態度で接してくれた。今の私にとっては、それがとても救いになっていた。  お父様とお母様が亡くなってから、全てが悪い方向に向かっているような、そんな感覚がする。それでも、私は歩みを止めるわけにはいかない。  私にとっては、シャルロットだけが唯一の家族だ。私がしっかりしなければ、彼女も前を向けなくなってしまう。  私はゆっくり起き上がる。そして、ベッドから降りて窓から空を見上げた。  近いうちに、エルに会いに行こう。シャルロットをおば様の手から解放するために。
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