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2-8
秋になり、4学年後半の学校が始まった。私は学校が始まるとすぐに倉庫の正面先、いつもシーグルドと会っていた場所に向かった。
倉庫の正面先へ歩みを進めて奥に入ると木を見上げる。しかし、彼の姿はなかった。他の日にも何度か行ったが彼は見当たらない。仕方がなく、私は教室まで直接会いに行くことにした。
私が彼に会いにいくと変な噂が立ちそうだが、そんなものを気にしている余裕はなかった。一刻も早く彼から狼神伝説について聞きたかった。
6学年の教室を見て回る。一番最後にエルのクラスでもある奥の教室を覗くと、そこにシーグルドがいた。
エルがいるため一度声をかけるのをためらったが、私は決心してシーグルドを呼んだ。
「王子殿下、お話しがあります。来ていただけませんか?」
人前のため、畏まった言い方で彼を呼ぶ。彼は私が突然来たことに目を丸くしたが、間を置かずに立ち上がってこちらに来てくれた。
「どうした急に。俺が恋しくでもなったか」
「戯言はよしてください。大事な話です」
そう言って私は早歩きで歩く。シーグルドは大人しくついてきてくれた。
いつもの倉庫の正面先まで来ると、私はいつも通りの口調で話し始めた。
「話があるの、シーグルド」
「何だ、こんなところまで呼び出して」
「……狼神伝説について聞きたいの」
私がそう言うとシーグルドは驚いて目を見開く。私は彼のその反応を見て話を続けた。
「あなたが持つ狼神伝説の知識について教えてほしい。私たち民が知る狼神伝説は、本当の話なの? それとも嘘なの?」
私がそう聞くと、シーグルドは俯き加減になる。彼は真剣な表情で言った。
「何でそんなことを聞く?」
私は彼の問いに正直に答えた。
「……狼神の森に行ったからよ」
私がそう言うと、彼は今までで一番驚いた顔をして、焦った様子で私の肩を掴んだ。
「本当か!? 怪我は?」
「ないわ。傷は負ったけど、なぜか森を出ていく時には消えてしまった。ねえ、教えてちょうだい。あの森は何なの? 狼神伝説とこの国には、一体どんな関係があるの?」
「……」
シーグルドは深刻そうな顔でしばらく沈黙する。私は彼の言葉を待つと、彼はゆっくり口を開いた。
「この件には関わるな」
シーグルドの言葉は珍しく怒りの感情を孕んでいるのが分かる。しかし私は彼の言葉に反論した。
「どうして? ……私、あの森できっと、本物の狼神に会った。私はどうしてもこの王国のことが知りたいのよ」
「いいから、森でのことは忘れろ」
「でも……」
私がそう言うと、彼は私の額に指を突きつける。そして静かに口を開いた。
「どうしても追求するなら、俺はお前の森での記憶を消す。そんなこと、到底したくはないがな」
彼は王族だから、魔法に関しては私よりも遥かに多才だ。まさか、記憶操作の魔法まで使えるとは思っていなかった。しかし、彼はなるべく使いたくないような口振りだ。私とて記憶を消されたくはない。私は大人しく頷くことにした。
「……分かったわ。忘れる」
私がそう言うと彼はゆっくり手を下ろす。その真剣な表情は、いつもふざけている彼とまるで別人のようだった。
狼神伝説には、私が思っているよりも複雑な事情がありそうだ。シーグルドがなぜ私に狼神伝説の真実を隠したがっているのかは知らない。しかし、これ以上追求するのはやめておいた方が良さそうだった。
「それじゃあ、俺は行くわ。じゃあな」
そう言って彼は手をひらひらと振る。気づくと彼はいつも通りの表情に戻っていた。
私はその場に取り残される。ますますシーグルドのことが分からなくなった。
それから月日は流れる。冬を超え、瞬く間に春になった。ついにエルとシーグルドはこの学校を卒業していく。彼らともうこの学校で会えないことは少し寂しく感じた。
今日は春休みを迎え、シーグルド王子の卒業を祝して王都でパーティーが催される。私たちヤーフィス公爵家もパーティーに呼ばれていた。
私はシャルロットと一緒にパーティーの準備をする。2人揃っての王都はこれが初めてだった。
「シャルロット、忘れ物はない?」
「ええ、お姉様。この格好、変じゃないかしら?」
「大丈夫よ、素敵だわ」
私たちはお互い良い生地のドレスを着て、装飾品を付ける。上着を羽織ると、私たちは護衛のヨセフと一緒に3人で馬車に乗り込む。おば様と従兄弟のマルセルは別の馬車に乗った。
馬車が動き出すと、私はヨセフに言った。
「ヨセフは久しぶりの王都ね」
「はい! でも、ヤーフィス家はとても楽しいのでそんな感じは全然しません。特に長期休暇中は、リリア様とシャルロット様に会えて嬉しいです」
そう言って彼は喜びを頬に浮かべる。彼がシャルロットと仲良くしてくれるのは嬉しかった。
馬車の中の数時間、私たちは3人で会話をしていると、あっという間に王都の宮殿に到着する。私たちは馬車を降りると、色々な方がすでに宮殿に来ていた。
私は宮殿があまり好きではないが、立場上、出席は免れない。しかし、アナとエルも呼ばれているはずだ。彼らがいるならマシかも知れない。
おば様や従兄弟と合流し会場に入ると、絢爛豪華な雰囲気の会場が私たちを出迎えた。
会場に着くと、おば様が私たちに言った。
「それじゃあ、パーティーを楽しみましょう。くれぐれも恥ずかしい振る舞いはしないようにね」
そう念を押され、私たちは静かに頷いた。私たちはおば様に連れられ、さまざまな大人に挨拶する。彼らは決まって同じようなお世辞を私たちに告げた。
退屈な挨拶を終えると私はさっそく会場にアナを見つける。私はシャルロットに言った。
「シャルロット、来て。お姉様のお友達を紹介するわ」
シャルロットを連れてアナの元に駆け寄る。アナは私たちに気づくと微笑んだ。
「アナ、妹のシャルロットよ。シャルロット、彼女は私の親友、アナスタシア」
2人はそれぞれお辞儀をする。アナはシャルロットを見て言った。
「何て可愛らしいの。お人形さんみたいだわ」
「ありがとうございます」
シャルロットはアナにお辞儀をする。シャルロットはお母様によく似て優しい顔立ちをしている。大人の方たちもシャルロットに一目を置いていた。
すると突然、会場がざわつき始める。誰か来たようだ。
「王族の方々ね」
アナがそう言う。会場には第一王子シーグルドに続いて、もう1人少年が現れた。
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