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 それから約4ヶ月後。季節はすっかり春になり、日差しは以前よりも暖かくなっていた。まだ雪は残っているが、真冬の突き刺すような寒さは感じられない。  私は今日から王都へと向かう。王立魔道学校の寮へ入寮するためだ。ついに出発する日が来たのだ。 「忘れ物はない? 何かあったらすぐ手紙を書くのよ」 「ええ、分かったわ」  お父様が用意してくれた馬車に乗り込み、外へ顔を出してお母様と出発前最後の会話をする。これから夏まで4ヶ月程は帰れない。家を離れたことは今まで一度もなく、とても寂しく感じる。 「リリア、道中気をつけるんだぞ」 「うん、お父様。それじゃあ、行ってきます」  御者に合図をすると、馬車が動き出す。私は家族が見えなくなるまで手を振り続けた。一応、侍女が着いてきてくれてはいるが、それは学校に着くまで。学校に着けば私は一人だ。  王都に行くのは初めてのこと。きっと、気取った貴族たちがたくさんいる。これから6年も学校に通うなんて、私にできるだろうか。  色々な不安が押し寄せてきて、自然と涙が溢れる。出発したばかりだというのに、もう帰りたいと思ってしまった。 「お嬢様、大丈夫ですか?」  侍女がそう優しく声をかけてくれる。私は自分が泣いていることに気づいてすぐに涙を拭った。 「大丈夫よ、ちょっと寂しくなっただけ」  私は強がってそう言った。馬車は王都への長い道のりを進んでいった。  馬車に揺られ、かなりの時間が経った頃。私はすっかり疲れ、馬車の中で眠ってしまっていた。ふと、肩を優しく叩かれる。侍女の囁くような声が聞こえてきた。 「お嬢様、王都に着きましたよ。起きてください」 「ん……」  目を覚ますと、すでにあたりは暗くなっていた。しかし、夜なのに街全体に明かりが灯っているため、街の様子ははっきりと見える。  人の多さも、賑やかさも、私の住むセーヴェルとは異なっていた。たくさんの人が楽しそうに歩いている。王都は想像したよりもキラキラしていた。 「ここが、王都……」 「素敵な街ですね! お祭りでもやっているのでしょうか」  こんなに人が集まっている光景は見たことがない。何もかも北区のセーヴェルと違う王都は、私からは異世界のように見えた。  馬車は街の中へどんどん入っていく。しばらくすると、大きな塔が見えた。あれは何だろうか? 「ねえ、あの塔は何?」  そう言って私は塔を指差す。侍女が私が指差す方向を見て、塔を確認した。 「あれはお嬢様が通う王立魔道学校の有名な塔ですよ! いよいよ学校に着きますね」  侍女の言う通り、馬車は街を抜けると、学校と思われる古城のような建物に近づいていった。小さく見えた塔が段々大きくなっていく。やがて学校の門が見えると、そこで馬車は止まった。 「お嬢様、ついに学校に着きましたよ。さあ、入寮手続きをしましょう」 「ええ」  侍女と共に敷地内に入ると、寮館へと向かう。寮館も古城の一部のようになっており、歴史を感じるような建物だった。  寮館に入ると、さっそく受付をする。あたりを見渡すと、色々な入寮者たちがいた。皆侍女などの従者と共に来ていることから、やはり貴族の人ばかりが集まっていそうだ。 「リリアーヌ・アーノルド様。確かに受付をいたしました。お部屋に案内いたします。どうぞこちらへ」  ここで侍女とはお別れをしなければならない。私は侍女に向き直ると彼女に別れの挨拶をした。 「ここまで来てくれてありがとう。お父様とお母様に心配しないでと伝えて」 「承知いたしました。お嬢様、どうか楽しい学校生活を! 今晩は王都の宿におりますので、何かありましたらご連絡ください」  そう言って侍女は一礼して寮館から出ていった。  寮の受付の人に自分の部屋へ案内される。通された部屋は階段を何度か登ったフロアの1番隅だった。  部屋の鍵を渡され、受付の人は戻っていく。自分の部屋が分かり、さっそく部屋に入ろうとした時。隣の部屋の扉が音を立てて開いた。 「あら、もしかしてお隣さん?」  そう言って部屋から出てきたのは同い年くらいの茶色い髪の女の子だった。 「ええ、今日からこの部屋を使うの」  私がそう返答すると、その女の子は少し眠たそうにしながらこちらを凝視する。私も彼女から目を離さず見つめ返した。 「ずいぶん遅いご到着ね。どこから来たの?」 「北区、セーヴェルよ。あなたは?」 「奇遇ね、私もセーヴェルから。お名前は?」 「リリアーヌ・アーノルド。リリアって呼んで」  私が名前を言うと彼女は少し驚いた様子を見せる。が、すぐに眠たそうな表情に戻ると面倒そうに言った。 「なるほどね、アーノルド家は知っているわ。私はアナスタシア・ロルフ。アナって呼んで」 「よろしく、アナ」  そう言って私たちは握手をする。握手を終えるとアナは手を口元に持っていき、大きな欠伸をした。 「まさか、隣人がお仲間さんとは思いもしなかったわ。まあ、お互い面倒だろうけれど気楽にいきましょう」  アナが不思議なことを言い残して部屋に戻ろうとする。私は彼女の言葉が何となく気になって声をかけた。 「待って。お仲間って何のこと?」 「あなた……もしかして知らないの?」  アナが驚いて少し大きな声でそう言う。私にはアナが言っているお仲間の意味を全く理解出来なかった。 「ええ、お恥ずかしながら」  私がそう言うとアナは呆れたと言うようにため息をつく。なんだか馬鹿にされているようであまりいい気はしない。 「神聖魔法はご存知?」 「それは知っているわ」  神聖魔法。それは限られた人間にしか使うことの出来ない高度な魔法。古来、人には成し得なかった魔法だったが、それを可能にした人物がいる。王国の建国神、エハルだ。  エハル神は建国当時の大昔、選ばれし人間数名にのみこの神の魔法を教えた。これが現代にも伝わる建国神話、狼神伝説の一説だが、この選ばれし人間の子孫が未だに存在する。彼らの一部は現在でも神聖魔法を使うことが出来る。故に貴族の中でも一目を置かれる存在なのだ。 「我がロルフ家は男爵家ではありながら、狼神伝説に登場する選ばれし者の子孫。私は神聖魔法を使えないけれど、兄は使えるわ」  アナいわく、ロルフ家は狼神伝説に登場する選ばれし者の家系らしい。貴族間でこういった話は有名のようだが、そういった話に全く興味のない私は、ロルフ家の存在すら今知ったくらいだった。 「そう。そういう話だったらもう寝るわ。おやすみなさい」  そう言って手を軽く振り自室に入ろうと受付の人から受け取った鍵を鍵穴に入れた時、アナが私に声をかけた。 「リリアーヌ・アーノルドさん。いえ、明日から皆さんはあなたのことをリリアーヌ・ヤーフィスさんと呼ぶはず。きっと騒がれるわ」 「……その名前で呼ばないで」  アナが私をそう呼んだことに一瞬彼女を睨むように見つめたが、彼女は動じない。鍵を回すと鍵が開く心地の良い音がした。私は迷わずドアノブに手をかけた。 「あなたのような人はそれだけ珍しいのよ。他の人にそう呼ばれても不機嫌にならないようにね。名門ヤーフィス公爵家の家系で神聖魔法を使える跡継ぎはあなただけ。皆媚びたくもなるわ」  その言葉に手の動きを止める。ヤーフィス家の話をこれ以上されたくなくてアナに向き直った。 「言っておくけれど、ヤーフィス家はお母様の実家で私とは関係ないわ。私はアーノルド家の跡取りよ。誰にも何も言われる筋合いはない」  私がそう言い切ると、アナは今までで一番面倒そうな顔をする。私はアナに対して背を向けると再びドアノブを回した。私が部屋に入ろうとすると、隣から小さな声でアナが言った。 「ごめんなさい、少し言い過ぎたわ。おやすみなさい」 「……おやすみ」  私とアナの第一印象はお互い最悪なものだった。  部屋に入ると、部屋をよく見渡す前にベッドに寝転ぶ。アナの言うことは正しい。きっと色々な人が私を"ヤーフィス家"の跡取りとして見るだろう。  ヤーフィス公爵家は私のお母様の実家だ。今ではおば様や従兄弟がヤーフィス家に住んでいる。しかし、彼らは神聖魔法が使えない。本来ならばそのまま従兄弟が跡継ぎになるはずだが、イサーク王国には独自のルールが存在する。それは、より強力な魔法を持つものが優先的に跡取りになるというものだ。  ヤーフィス家はロルフ家と同じく、狼神伝説に登場する選ばれし英雄の子孫。父方の家、アーノルド家よりも魔法を重視している。でも、私にはそういったしがらみが理解できないのだ。  現在、ヤーフィス家の血筋で神聖魔法を使えるのはお母様と私のみ。そして、その中で跡継ぎの資格があるのは私だけ。それを面白く思わないおば様は、私たちと対立している。魔法さえなければ、こんなことにはなっていないのにと、時折考えてしまう。  明日はさっそく寮の交流会がある。私は明日に備えてその日は早くベッドに入った。
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