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 宮殿への道はここからそんなに遠くはない。私は校舎を出ると学校の門を抜け、宮殿に向かって走った。  賑わう人々の雑踏を抜け、徐々に宮殿に近づいていく。しばらくすると宮殿が目の前まで見えてきた。私は宮殿の門へ駆け寄ると、門番に詰め寄った。 「ここを開けてちょうだい」  私は深刻な表情で門番に告げる。しかし、門番は私の通行を妨げると言った。 「許可証がないと入れません」  彼らは私を通す気がないようだ。私は食い下がって言った。 「私は第一王子の公妾、リリアーヌ・ヤーフィスよ。せめて王子のお耳に、私が来ていると知らせて」  私がその場から動かない気でそう言うと、門番の1人は渋々宮殿使用人に私が言った趣旨を伝えた。  しばらく門の前で待っていると、使用人が戻ってくる。私は入場を許可された。  長い道を歩き宮殿に入ると、彼がいる部屋まで通される。私は階段をいくつか上がって彼の部屋まで辿り着いた。部屋をノックする。中から返事が聞こえ、私1人で入室した。  中に入ると、書斎のような部屋の奥にシーグルドが1人座っていた。彼が国王になってからは初めて会う。私は礼儀として、彼にお辞儀をする。するとそんな私を見て彼は言った。 「ここには俺たち以外誰もいない。いつも通りでいい」  そう言われて顔を上げる。私はさっそく話の本題について彼に尋ねた。 「……一体どういうこと。なぜ私を突然婚約者に? 私がヤーフィス家当主になることに、協力してくれるはずじゃなかったの?」  私が一度にたくさんの疑問を投げかけるが、彼は何事もないように言った。 「気が変わった……と言ったら?」 「……あなたが何を考えているのか分からない。当然破棄させてもらうわ」  私がそう言うと彼は声を漏らして笑う。そしていつもの薄ら笑みで言った。 「いいのか、俺は今や国王だぞ。破棄なんて出来るわけないだろ」  私は彼を睨みつける。しかし彼は口元に笑みを浮かべたままだ。私は静かに口を開く。 「教えてちょうだい。一体どんな考えがあるの? あなたが理由もなしにこんなことをするなんて思えない」 「教えることは何もない。お前は、ただ俺の言う通りにしていればいい。……それに、お前が王妃になった後にでも俺がヤーフィス家に勅命を出せば、お前は簡単に当主に戻れる。お前にとっても悪い話じゃないだろう」  悪夢のようだった。彼は一体どうしてしまったというのだ。少なくとも今まではこんな人じゃなかった。権力は人をここまで変えてしまうのか。  私は彼を失望したような目で見つめる。私は静かに口を開いた。 「そう。あなたがそんな人だったなんて残念だわ。せっかく分かり合えたと思ったのに。馬鹿みたい」  私はそう言い放ってそのままその部屋を出た。 「……ごめんな、リリア」  彼がそう悲しそうに紡いだ言葉は、部屋を出た私の耳には入らなかった。  私は早歩きで宮殿の廊下を歩いて行く。出入口に向かって進んで行った。怒りのせいなのか悲しみのせいなのか、涙が込み上げてくる。私は雑に涙を服の袖で拭った。  王になった彼は、まるで別人のようだった。私は勝手に、王族の中で彼だけは違うと思っていた。しかし、結局同じだったのだ。彼も権力を好き勝手に振るうような人間なのだ。その事実が私を苦しめた。  私は宮殿を出て、学校に戻る。寮館へ行き、自室に篭った。  彼は、こんなにも傲慢な人だったのだろうか。私が無知なだけで、本当はエルやアナの言うことが正しかったのかもしれない。今までシーグルドのことを勝手に分かった気でいた無知な自分を責めた。  あれから、パトリシアは授業に来なくなった。噂によると、ウィトレー家に帰ったらしい。卒業は恐らく大丈夫だろうが、何となく気がかりだった。  周囲の目はまたガラリと変わった。私が次期王妃になると決まると、今まで遠くにいた同級生たちが手のひらを返したように近づいてきた。パトリシアと仲の良かった生徒までもが、私の元に来たのは驚きだった。周囲に持ち上げられても無論、良い気はしなかった。  そして瞬く間に冬の長期休暇が訪れた。私はいつものようにヤーフィス家へと帰る。妹やヨセフとは戴冠式ぶりに再会した。  私はヨセフにさっそく聞きたいことがあり、彼を部屋に呼んだ。部屋をノックして彼は私の部屋に入ってきた。 「リリア様、失礼します」 「来てくれてありがとう。そこに座って」  私は彼に座るように促すと、彼は私の向かい側のソファに腰掛けた。私は彼が着席して早々、聞きたいことを尋ねた。 「ヨセフ、あなたに聞きたいことがあるの。シーグルドのことよ」  私がそう切り出すと、彼は真剣な表情をする。私はそんな彼を見て話を続けた。 「彼がどうして突然、私を婚約者にしたのかずっと考えてた。最初は気が動転していたけれど、冷静に考えると、やっぱりおかしいの。彼には何か考えがあるんじゃないかって思うようになった。……あなたなら何か知っているんじゃないの?」  私がそう言うと、なぜかヨセフは嬉しそうに微笑んだ。私が想像した反応とは異なる。彼は少ししてから告げた。 「つまりリリア様は、まだシーグルド様を信じてるってことですか?」  考えもしなかった返答が返ってくる。私は投げかけられた問いに素直に答えた。 「……信じたい。だって彼は、私の大切な人だから」  私がそう言うとヨセフが優しい眼差しで私を見つめて言った。 「そうですか。なら、俺もその気持ちに答えます」  ヨセフはそう言って立ち上がると、窓から外の景色を眺める。そしてゆっくり話し始めた。 「リリア様の言っていることは正しいです。シーグルド様は理由があって、リリア様を婚約者にしました」 「本、当に?」 「はい」  私はそれを聞いて、一気に心の中に安堵が生まれる。それと同時に、シーグルドが変わらず彼のままだったことに心から良かったと思えた。  私はヨセフに続けて疑問を投げかけた。 「でも、どうしてそんなことを?」  シーグルドに理由があって私を婚約者にしたことは分かったが、その理由が分からない。私はヨセフの問いを待つと、彼は口を開いた。 「リリア様、あなたを守るためです」
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