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 シーグルドが私を守るために婚約者にした。そう言ったヨセフの言葉に目を見開く。一体どういう意味なのだろうか。私はさらに彼に質問を重ねた。 「教えて。彼は何から私を守ろうとしているの?」  私がそう問うと、彼は静かに話し始めた。 「以前、刺客に襲われたことは覚えていますか?」  刺客、と言われてシーグルドの学校卒業を祝うパーティーに行った時、帰りの馬車で襲われたことを思い出す。そういえばあの時の刺客は、狼神伝説の信奉者と言っていた。私はヨセフに答えた。 「覚えているわ。確か彼らは狼神伝説の信奉者で、ヤーフィス家を旧王家と呼んでいた。それに関係があるの?」 「はい。今回リリア様を婚約者にしたのも、彼らの存在が理由です」  私はそれを聞いて、再び彼に疑問を投げかけた。 「でも、ヤーフィス家が王家だったのはイサーク王国建国前の、大昔の話。今は全く関係ないし、ヤーフィス家のご先祖様は、狼神伝説では英雄扱いされているはず。彼らが襲う理由が分からない」  ヤーフィス家は現在、貴族間ではエハル神から選ばれた英雄の一族だと知られているはずだ。実際、学校でも私はそういった扱いを受けた。それなのになぜ今さら旧王家などと言われるのだろうか。ヨセフが私の疑問に答えた。 「確かに、世間一般ではヤーフィス家は英雄の一族です。しかし、ごく一部の信奉者にとっては旧王家、ヤーフィス家は現王家にとって邪魔な存在と考えてられているようです」 「それで、私を婚約者に? 公妾とあまり変わらない気がするのだけれど」 「この信奉者は、王国の有力者にも極少数います。公妾なら簡単に手を下せても、国王に選ばれた王妃となればそうは行きません。それほどこの2つの立場には差があるんです」  ヨセフの言葉に納得する。私は今までヤーフィス家が旧王家だったことは知っていたが、ごく一部の信奉者に命を狙われるほどそれが重要なことだとは思っていなかった。  私はそれを聞いて、一番疑問に思っていることを聞いた。 「そもそも、どうしてシーグルドは私を守ろうとするの? 私は彼に助けられるほどの恩を施した覚えはないわ」  私がそう言うと、ヨセフは微笑んで言った。 「きっと、リリア様と同じなんじゃないですかね。さっき言ってたでしょう、大切な人って」  私は彼のその言葉に目を見開く。シーグルドはいつも、私にはからかうようなことしか言わなかった。だから彼は、私のことを良く思っていないのではないかと考える時もあった。  でももし彼が、私を大切な人だと思ってくれているのなら……。そう考えると、不思議と心が温まる気持ちになる。私は目を伏せ、小さく微笑んで言った。 「彼の本心はどうか分からないけれど、助けてもらったことにはお礼を言わないといけないわ」  私がそう言うと、ヨセフは嬉しそうに微笑んだ。  しかし、いつまでも婚約者というわけにはいかない。実際は今までの関係と同じ、偽りの関係だ。今度は公妾ではなく、婚約者として演じる必要があるが、彼はその後どうするつもりなのだろうか。私はヨセフに尋ねた。 「でも、私を婚約者にした後は? まさかそのままというわけにはいかないわ」 「シーグルド様はあなたを正式なヤーフィス家の当主として任命した後、婚約を破棄させるお考えのようです」 「なるほど。そういう考えなのね」  シーグルドがそこまで考えてくれていたとは思わなかった。  しかし、納得がいかない。それなら初めから公妾の契約を破棄し、そのままヤーフィス家の当主に任命すれば良いはずだ。わざわざ婚約者を経由する必要性を感じない。私はヨセフにそのことも追求すると、ヨセフは答えた。 「きっとそれは、ヤーフィス家現当主のカレン様、リリア様のおば上を納得させるためではないでしょうか? 俺もそこまでは分かりませんが」  彼の言うことは分からなくもない。私はヨセフを質問攻めにしてしまったため、一旦話を区切って彼にお茶を勧めた。  ヨセフと一緒にお茶を飲む。一息すると彼は告げた。 「本当は、この話をシーグルド様から口止めされてるんです。でも、リリア様の気持ちに俺、嬉しくなって。後で怒られてもいいやって思っちゃいました」  そう言って彼は楽しそうに笑う。私はそんな彼に告げた。 「話してくれてありがとう、ヨセフ。話してくれなかったら私、未だにシーグルドを悪者にしていたわ」  そう言ってお茶をすする。お茶の良い香りがあたりに漂った。  お茶を飲んでからしばらくして、ヨセフは立ち上がる。 「じゃあ、俺は行きますね。また何かあったら呼んでください」 「ええ、ありがとう」  彼は私の部屋を退室して行った。  私は部屋に1人になると、先程の話を思い出していた。  私は狼神伝説の信奉者に命を狙われていた。それをシーグルドが私を婚約者にすることで助けてくれた。彼が助けてくれた事実は嬉しいが、私のお父様とお母様の死因とは本当に関係がなさそうだ。  私は立ち上がって、窓の外の景色を見つめる。私がこのヤーフィス家の当主になったら、探ろうと決めた。お父様とお母様の死の原因を。  それから程なくして、宮殿から交流会の開催を知らせる手紙が届いた。年に何度か行われる恒例のイベントである。  私は当日になると、相応の準備をしておば様やシャルロットたちとともに王都の宮殿へ向かった。  あの後、ヨセフはシーグルドに事の経緯を説明したようだ。やはり私に事実を話したことに対しては怒られたようだが、ヨセフ本人は気にしていないようだった。  私は宮殿に着くと、おば様たちとたくさんの方のところへ挨拶に行く。皆が私を次期王妃として持て囃した。  私がシャルロットと一緒に色々な方と話していると、ふと横から1人の男性が歩いてくるのが見えた。私はその人の方へ振り返ると、そこには銀髪の若い男性がいた。  私は一度もその人にお会いしたことがなく戸惑っていると、その銀髪の男性は私とシャルロットに深々とお辞儀をして言った。 「お目にかかれて光栄です。リリアーヌ様、シャルロット様」  私は彼にも同じように挨拶をすると言った。 「初めまして。失礼ですが、あなたは?」  私がそう言うと彼は頭を上げる。そして微笑むと言った。 「自己紹介が遅れました。私は、アンドレイ・ウィトレー。ウィトレー公爵家の長男で、パトリシアの兄です」
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