3-3

1/1
前へ
/38ページ
次へ

3-3

 アンドレイ・ウィトレー。パトリシアの兄だと主張する彼は、そう名乗ると微笑む。パトリシアという名前を聞いて、彼に少し警戒心が生まれる。彼はなぜ私たちのところに来たのだろう。私は彼に尋ねた。 「アンドレイ様、私たちに何のご用でしょう」  私が微笑んでそう聞くと、彼も笑顔を絶やさず言った。 「いえ、特段にはないのですが、ただお2人とご友好関係を築きたいと思いまして」  彼は依然としてにこやかな表情でそう告げると、シャルロットの方を見つめる。私はそれに気づいて彼女を隠すように少し前に出ると、彼に言った。 「シャルロットはあまりこういった場に慣れていませんの。お話でしたら私が承ります」  彼と微笑みながら互いを見つめる。彼は目が笑っていない。シャルロットをあまり近づけたくはなかった。彼は一瞬の沈黙の後口を開いた。 「実は、リリアーヌ様にご相談がありまして……ここではなんですから、場所を変えませんか?」  彼には警戒している。もしかすると、パトリシアの件に関係しているかもしれない。私が断ろうとすると、彼に念を押すように言われた。 「次期王妃様は心の清らかな方と伺っています。もちろん、私の小さな悩みなどは聞いて頂けますよね?」  彼はわざと周りに聞こえるようにそう言う。私は了承するしかなかった。 「……分かりました。行きましょう」  私は渋々そう答えると、シャルロットに待っているように言う。そして場所を移そうと提案してきた彼について行った。  彼の数歩後をついて行く。宮殿の端の方まで歩くと、ある一室に通された。パタンと音を立てて扉が閉まる。すると、彼はゆっくり口を開いた。 「単刀直入に言います。シャルロットさんを私に頂けませんか?」  その言葉に目を見開く。彼は先程シャルロットを見ていたが、きっと何か企んでいるはずだ。 「お話が読めませんわ。なぜ突然シャルロットを?」  私がそう言うと彼は笑みをより深める。そして私に告げた。 「簡単なことです。私が彼女に恋をしたからですよ」  彼はそんなことを言っているが、恐らくそれは嘘だ。私たちとはついさっき会ったばかり。私を呼び出して、はなから縁談を交渉するつもりだ。私は彼に言った。 「猫は被らなくていいですよ、アンドレイ様。本当の目的は、ヤーフィス家と親戚になることでしょう? 悪いけれど、お断りしますわ」  私がそう言うと、彼から笑顔が剥がれる。そして真顔になり私に告げた。 「さすがは我が妹から、王妃の座を奪い取ったご令嬢だ。……知っていますか? あれから私の妹は、自室で塞ぎ込んでいる。そんな妹の姿を見るのは兄として、非常に悲しいですよ」 「私も、彼女には前を向いて生きてほしい。パトリシアは胸を張って歩いている姿の方が似合っているわ」 「ふん、綺麗事を」  彼はそう言うと、突然魔法を発動する。それは紐のような白い輝きを持った魔法のエネルギーだった。  私は突然のことで対処しきれず、その紐のような物で手の自由を奪われる。紐で結ばれたかのように私の両手は体の前で合わさった。私は彼を睨み上げて告げた。 「何をする気?」 「我がウィトレー家は、あなたのせいで大きな屈辱を味わった。王族の親戚になる身が一変、周囲の者は我々を蔑むように見つめる。だから、あなたにもその屈辱を味わわせて差し上げようと思ったのですよ」  私は彼がそう言ったことに笑みを溢す。彼を見て告げた。 「それは誤解ではなくて? ウィトレー家は皆に羨望の眼差しで見られている。自意識過剰よ」 「分かったような口を聞くな」  そう言って彼は私に魔法を使う。私は黙ってその魔法を受けた。当たった腕には一筋の傷が出来る。しかし、私の中では痛みよりも怒りの方が優っていた。  私は蔑むように彼に告げた。 「他の誰かに見つかったらどう言い訳をするつもり?」 「ご安心を。ここには誰も入ってこれません。そしてシャンデリア落下の事故にでも偽れば、私もあなたの死因とは関係がない」  そう言って彼は笑う。彼は私を殺す気だ。彼の魔法は私でも解けない。このままでは殺されてしまう。  しかしそれよりも、私の中では怒りが爆発しそうになっていた。まさか、彼が私のお父様とお母様を? でも彼はあの時には、私たちを恨む動機は一切ないはずだ。  そんなことを必死に頭で考えていると、彼に剣を首筋に添えられる。そして彼は剣を大きく振り上げた。 「さようなら、リリアーヌ・ヤーフィス」  剣が振り下ろされようとしたその時、突然扉から私たちのものとは違う、もう1人の足音が響く。私は驚いてその人物の方を振り返った。  アンドレイは私以上に驚いて大きく目を見開く。そしてその人物を見つめると、小さな声で言った。 「陛、下……」  そこにいたのはシーグルドだった。彼は何事もないように私たちの元へ歩いてくると、私の手に巻き付いていた紐のような魔法の塊を切断する。  アンドレイは信じられないとでもいうように告げた。 「どうして、扉は封じていたはず……」  そう告げた彼にシーグルドは言った。 「ああ、あの扉か。確かに魔法がかかっていたが、別に普通に開いたぞ。……それよりも、これはどういうことだ?」  アンドレイがシーグルドを怯えるように見つめる。シーグルドは全てを見透かすような目でアンドレイを見つめた。  アンドレイは持っていた剣を床に落とすと、その場に座り込んで、頭を床につけ始めた。 「お許しください、陛下! 私は、私は何ということを。お許しください、お許しください」  そう彼は同じ言葉を何度も告げる。シーグルドはそんな彼に動じず言い放った。 「……ウィトレー家とは、先代から続く縁がある。今回は見逃してもいい」  シーグルドがそう言うと、アンドレイは顔を上げ、期待の瞳でシーグルドを見つめる。  彼はしゃがみ込んでアンドレイと目を合わせると、睨むようにして言った。 「だが、次はない。こいつは俺が唯一認めた配偶者だ。……今度傷つけたら、ウィトレー家に未来はない」  シーグルドは珍しく怒っているようだった。彼は私の方に振り返るといつも通りの表情に戻る。「行くぞ」と手を引かれ、私はその部屋を後にした。  誰もいない別室に行くと、彼に傷を見せるように言われる。大人しく見せると、私は言った。 「大丈夫、かすり傷よ。このくらい自分で治せるわ」 「かすり傷には見えないが? 貸してみろ」  そう言って彼は私の腕を掴む。彼は傷口に手をかざすと、治癒魔法を使った。彼が手を退けた時には傷は跡形もなく消えていた。私は驚いて声を上げる。 「すごい、こんなに綺麗になるなんて」 「学べばこんなのは誰でも出来る。それよりも、大丈夫か?」 「ええ……助けてくれてありがとう」  彼には助けてもらいっぱなしだ。私がそう言うと、彼は私の頭に手を置いて言った。 「いいってことよ。お代は高くつくがな」  シーグルドはいつもの調子でふざけて笑う。私も彼につられて微笑んだ。彼の笑みに今は救われる。私の心臓は未だに先程の出来事でドクドクと脈打っていた。
/38ページ

最初のコメントを投稿しよう!

95人が本棚に入れています
本棚に追加