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3-3
アンドレイ・ウィトレー。パトリシアの兄だと主張する彼は、そう名乗ると微笑む。パトリシアという名前を聞いて、彼に少し警戒心が生まれる。彼はなぜ私たちのところに来たのだろう。私は彼に尋ねた。
「アンドレイ様、私たちに何のご用でしょう」
私が微笑んでそう聞くと、彼も笑顔を絶やさず言った。
「いえ、特段にはないのですが、ただお2人とご友好関係を築きたいと思いまして」
彼は依然としてにこやかな表情でそう告げると、シャルロットの方を見つめる。私はそれに気づいて彼女を隠すように少し前に出ると、彼に言った。
「シャルロットはあまりこういった場に慣れていませんの。お話でしたら私が承ります」
彼と微笑みながら互いを見つめる。彼は目が笑っていない。シャルロットをあまり近づけたくはなかった。彼は一瞬の沈黙の後口を開いた。
「実は、リリアーヌ様にご相談がありまして……ここではなんですから、場所を変えませんか?」
彼には警戒している。もしかすると、パトリシアの件に関係しているかもしれない。私が断ろうとすると、彼に念を押すように言われた。
「次期王妃様は心の清らかな方と伺っています。もちろん、私の小さな悩みなどは聞いて頂けますよね?」
彼はわざと周りに聞こえるようにそう言う。私は了承するしかなかった。
「……分かりました。行きましょう」
私は渋々そう答えると、シャルロットに待っているように言う。そして場所を移そうと提案してきた彼について行った。
彼の数歩後をついて行く。宮殿の端の方まで歩くと、ある一室に通された。パタンと音を立てて扉が閉まる。すると、彼はゆっくり口を開いた。
「単刀直入に言います。シャルロットさんを私に頂けませんか?」
その言葉に目を見開く。彼は先程シャルロットを見ていたが、きっと何か企んでいるはずだ。
「お話が読めませんわ。なぜ突然シャルロットを?」
私がそう言うと彼は笑みをより深める。そして私に告げた。
「簡単なことです。私が彼女に恋をしたからですよ」
彼はそんなことを言っているが、恐らくそれは嘘だ。私たちとはついさっき会ったばかり。私を呼び出して、はなから縁談を交渉するつもりだ。私は彼に言った。
「猫は被らなくていいですよ、アンドレイ様。本当の目的は、ヤーフィス家と親戚になることでしょう? 悪いけれど、お断りしますわ」
私がそう言うと、彼から笑顔が剥がれる。そして真顔になり私に告げた。
「さすがは我が妹から、王妃の座を奪い取ったご令嬢だ。……知っていますか? あれから私の妹は、自室で塞ぎ込んでいる。そんな妹の姿を見るのは兄として、非常に悲しいですよ」
「私も、彼女には前を向いて生きてほしい。パトリシアは胸を張って歩いている姿の方が似合っているわ」
「ふん、綺麗事を」
彼はそう言うと、突然魔法を発動する。それは紐のような白い輝きを持った魔法のエネルギーだった。
私は突然のことで対処しきれず、その紐のような物で手の自由を奪われる。紐で結ばれたかのように私の両手は体の前で合わさった。私は彼を睨み上げて告げた。
「何をする気?」
「我がウィトレー家は、あなたのせいで大きな屈辱を味わった。王族の親戚になる身が一変、周囲の者は我々を蔑むように見つめる。だから、あなたにもその屈辱を味わわせて差し上げようと思ったのですよ」
私は彼がそう言ったことに笑みを溢す。彼を見て告げた。
「それは誤解ではなくて? ウィトレー家は皆に羨望の眼差しで見られている。自意識過剰よ」
「分かったような口を聞くな」
そう言って彼は私に魔法を使う。私は黙ってその魔法を受けた。当たった腕には一筋の傷が出来る。しかし、私の中では痛みよりも怒りの方が優っていた。
私は蔑むように彼に告げた。
「他の誰かに見つかったらどう言い訳をするつもり?」
「ご安心を。ここには誰も入ってこれません。そしてシャンデリア落下の事故にでも偽れば、私もあなたの死因とは関係がない」
そう言って彼は笑う。彼は私を殺す気だ。彼の魔法は私でも解けない。このままでは殺されてしまう。
しかしそれよりも、私の中では怒りが爆発しそうになっていた。まさか、彼が私のお父様とお母様を? でも彼はあの時には、私たちを恨む動機は一切ないはずだ。
そんなことを必死に頭で考えていると、彼に剣を首筋に添えられる。そして彼は剣を大きく振り上げた。
「さようなら、リリアーヌ・ヤーフィス」
剣が振り下ろされようとしたその時、突然扉から私たちのものとは違う、もう1人の足音が響く。私は驚いてその人物の方を振り返った。
アンドレイは私以上に驚いて大きく目を見開く。そしてその人物を見つめると、小さな声で言った。
「陛、下……」
そこにいたのはシーグルドだった。彼は何事もないように私たちの元へ歩いてくると、私の手に巻き付いていた紐のような魔法の塊を切断する。
アンドレイは信じられないとでもいうように告げた。
「どうして、扉は封じていたはず……」
そう告げた彼にシーグルドは言った。
「ああ、あの扉か。確かに魔法がかかっていたが、別に普通に開いたぞ。……それよりも、これはどういうことだ?」
アンドレイがシーグルドを怯えるように見つめる。シーグルドは全てを見透かすような目でアンドレイを見つめた。
アンドレイは持っていた剣を床に落とすと、その場に座り込んで、頭を床につけ始めた。
「お許しください、陛下! 私は、私は何ということを。お許しください、お許しください」
そう彼は同じ言葉を何度も告げる。シーグルドはそんな彼に動じず言い放った。
「……ウィトレー家とは、先代から続く縁がある。今回は見逃してもいい」
シーグルドがそう言うと、アンドレイは顔を上げ、期待の瞳でシーグルドを見つめる。
彼はしゃがみ込んでアンドレイと目を合わせると、睨むようにして言った。
「だが、次はない。こいつは俺が唯一認めた配偶者だ。……今度傷つけたら、ウィトレー家に未来はない」
シーグルドは珍しく怒っているようだった。彼は私の方に振り返るといつも通りの表情に戻る。「行くぞ」と手を引かれ、私はその部屋を後にした。
誰もいない別室に行くと、彼に傷を見せるように言われる。大人しく見せると、私は言った。
「大丈夫、かすり傷よ。このくらい自分で治せるわ」
「かすり傷には見えないが? 貸してみろ」
そう言って彼は私の腕を掴む。彼は傷口に手をかざすと、治癒魔法を使った。彼が手を退けた時には傷は跡形もなく消えていた。私は驚いて声を上げる。
「すごい、こんなに綺麗になるなんて」
「学べばこんなのは誰でも出来る。それよりも、大丈夫か?」
「ええ……助けてくれてありがとう」
彼には助けてもらいっぱなしだ。私がそう言うと、彼は私の頭に手を置いて言った。
「いいってことよ。お代は高くつくがな」
シーグルドはいつもの調子でふざけて笑う。私も彼につられて微笑んだ。彼の笑みに今は救われる。私の心臓は未だに先程の出来事でドクドクと脈打っていた。
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