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 翌日。寮の交流会は予定通りに行われた。昨晩のことから予想はしていたが、まさかこんなに面倒くさいことになるとは思ってもいなかった。 「リリアーヌさんは、幼い頃から神聖魔法が使えるのでしょう? お父様たちから聞いたわ! 今度見せて頂けない?」 「名門ヤーフィス家の跡取りなんですってね。ぜひお友達になりましょうよ!」  交流会では数人のグループで何度か自己紹介をする。そしてどこのグループでも名前を言った途端、周りから質問攻めをされた。 「ね、だから言ったでしょう? 不機嫌にならないようにって」 「アナ……これは想像以上だわ」  少なくとも、セーヴェルにいた時はこのような扱いを受けたことはない。そもそも私は王都で開かれるパーティや舞踏会には一度も出席したことはないから単に世間知らずなだけかもしれないが、そんなに珍しがられる道理はないはずだ。 「お二人は以前から交流があるの? なんと言ってもお二人とも狼神伝説に登場する英雄の一族ですものね」 「あの……ええっと」  質問攻めにされている最中、アナが席を立ったため、私も慌ててアナの後を追った。 「どちらに行かれるの?」 「ごめんなさい、お手洗いに」  そう言い訳をしてアナの背中を追いかけた。  しばらく歩くと寮の外の庭園に出た。噴水やたくさんの花がありとても綺麗な場所だ。しかし、今は見る余裕はなかった。 「アナ、ちょっと待って」 「何でついてきたの?」  私の呼び声にアナが振り返る。私はアナの横まで歩みを進めると、2人で並んで庭園を歩き始めた。 「あんなに質問攻めにされたら嫌になるわ」 「昨晩は露骨に不機嫌な顔をしていたものね」 「急にあんな話されると思っていなかったのよ」  私がそう言い放つと、アナは考えるような仕草を見せる。そして私の顔を見つめて言った。 「あなたって、変わってるわね。他の貴族の子たちとは違う。神聖魔法を使えるなんてすごく名誉なことなのに、全くそう考えないなんて」 「神聖魔法を使えるから何だっていうの? その人の価値は魔法で決まらない。そんなもので優劣を決めていたらこの国はもっとおかしくなるわ」  私がそう言い切るとなぜかアナは笑みを溢した。「何がおかしいの?」と聞いてみたが「別に」というシンプルな言葉だけ返ってきた。 「ただ、あなたは面白い子だなって思ったのよ」 「それどういう意味?」  笑い続けているアナにそう私が尋ねた時だった。私たちの前方から突然第三者の声が聞こえてきた。 「あら、随分と楽しそうねアナ。新しいお友達?」  目の前には口元に笑みを浮かべた美しい銀髪の少女が、複数人の生徒を連れて佇んでいた。見た目からして同じく新入生だろうか。アナの方を見ると、彼女は一変して表情を険しくしていた。 「ええ、寮の部屋が隣なの」 「リリアーヌ・アーノルドよ。北区セーヴェル出身。あなたは?」  アナが緊張しているのが分かり、彼女の言葉に続くように自己紹介をする。すると銀髪の少女は一瞬目を見開いてから、すぐに笑顔に戻って言った。 「ああ、あなたが噂の。ヤーフィス公爵家の跡取りさんね。社交会の場に一度もお見えにならないから、どんな田舎者かと思っていましたけれど、思っていたより普通なのね」  彼女は明らかに私を見下している。それに、あんなに気丈なアナが緊張で表情が強張っているのが気になる。彼女は何者なのだろうか。 「私はパトリシア・ウィトレー。ウィトレー公爵家の長女よ。田舎者でも、さすがにウィトレー家はご存知よね?」  ウィトレー公爵家。その名前はあまりにも有名で、無知な私でもすぐに分かった。ウィトレー家は、古くから現在に至るまで三大貴族家の一角を担っており、王族の次に権力のある一族だ。  王族からも信頼が厚く、治める領地も広大。言わずもがな狼神伝説には深く関わっており、私のお母様の実家、ヤーフィス家をも凌ぐ一族である。  だからアナでもこんなに気を使う素振りを見せているのだ。皆彼女、パトリシアを恐れているのだろう。私は彼女の言葉に一瞬の間を置いて返答した。 「知っているわ。三大貴族家の一つ、ウィトレー家。会えて光栄だわ」  私もパトリシアのように口元に笑みを称え、彼女と握手をする。私たちの周りには張り詰めた空気が流れていた。  パトリシアは握手が終わると、私より先に口を開いた。 「私は劣ったものが嫌いでね。あなたがヤーフィス家の跡取りでなければ握手はしていないわ。田舎者と話すだけ時間の無駄だもの」  彼女は遠回しに、田舎出身である私のことを馬鹿にしている。相手はあのウィトレー家だ。本来ならば、このようなことは聞き流した方がいいに決まっている。しかし、何でも正直に言いたくなる癖をここで抑えることは私には出来なかった。 「あら、ありがとう。でも、田舎暮らしはとても良いわよ。王都周辺とは違って空気は綺麗だし、何より心の善良な方が多いもの」  彼女は私の言葉に一瞬笑顔を崩した。 「あなた、随分と能弁なのね。立場を弁えていらっしゃるのかしら?」 「もちろん。私は自分の心に素直に思ったことを言っただけだわ」  私がそう言うと彼女はさらに表情を崩した。 「私はウィトレー家の長女なのよ。それに、第一王子とも婚約していて次期王妃になる身。その私にそんな口を聞いて、許されるとでも思っているの?」 「王妃様ならば、寛大な心で民の罪をお許しになるはず。それとも、田舎者の戯言ごときに心を乱されるのですか?」 「あなた、何てことを……!」  彼女は肩を上下させて憤慨している。煽りがかなり効いたようだ。彼女はきっと今まで権力を盾に色々な人を従えてきたのだろう。しかし、私は安易に従う気はない。  ウィトレー家のご息女までこんなに価値観が歪んでいるとは思わなかった。これがこの国の貴族たちの実態なのだろうか。  私はアナの方を向くと、彼女の手を繋いで歩き出した。 「アナ、行きましょう」 「え、うん」  アナは今の出来事に困惑しているようだ。しかし、私は言いたいことを言えてすっきりした。 「神聖魔法が使えるからっていい気にならないことね! ヤーフィス家なんてウィトレー家に比べたら天と地ほどの差があるわ。お父様に頼んで二度と生意気な口を叩けないようにしてやる」  彼女の怒りの返答が遠くからも聞こえてくる。別に彼女を怒らせても怖くなどない。ただ、入寮からまだ1日も経っていないのにもう面倒くさい学校生活が始まるのは予想できた。
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