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1-9
3学年になってからは、以前よりも多くの授業を受けることが出来た。私や私の周囲の人には3年目も相変わらず変化はなかった。
私は先生から頼まれ、学校の敷地内にある倉庫に向かっていた。倉庫に着くと、ふと正面先が目に入る。最近は倉庫付近に行くことがないため、ここにも立ち入ることがなかった。
不思議なことだが、シーグルドとはまだここ以外では一度も会ったことはない。彼は今、5学年で来年は卒業する。とすると、彼に会えるのは後1年半。そう考えると少し寂しい感じがした。
私は先生から頼まれた器材を倉庫にしまうと、正面先の木々の生い茂る場所へ入っていった。しばらくして奥へ辿り着くと、反射的に木の上を見上げる。しかし、彼の姿はなかった。
私は木を背にゆっくりその場に座る。上を向いて、ゆらゆらと揺れる木々の葉を見つめた。すると突然、その視界が遮られる。1人の青年の顔が視界いっぱいに広がった。
「久しぶりだな、リリアーヌ殿」
急に間近に顔が現れ、驚いて目を見開く。だがすぐにそれが誰だか分かった。
「その呼び方はやめて、シーグルド」
「相変わらずだな、リリア。背縮んだか?」
そう言って彼は私の頭に手を置く。私はすぐにその手を払った。
「あなた程ではないけど伸びたわよ、失礼ね」
シーグルドは初めて出会った時より身長がかなり伸びていた。対して私はそんなに変わっていない。そのことに少し劣等感を覚えながらも彼とは自分らしく接することが出来ていた。
「それで、王様になる手立ては見つかったか?」
「またその話? 言っておくけれど、以前のあれは例え話! 王様だったらというね」
私がそう言うとシーグルドは分かりやすく不満そうな顔をする。何が気に入らないのか分からないが、まさか本当に王様を目指せと言うのだろうか。
「お前のあの話、俺は結構好きだけどな。誰もこの国では王様の立場なんて考えない」
「私も正確にはどうなのか分からない。国王とはお会いしたことはないし。ただ、権力者はその力を民のために使うべきだと思うだけ」
私がそう言うと、シーグルドは優しく微笑んだように見えた。しかし、すぐにいつも通りの薄ら笑みに戻ると、別の話題を振ってきた。
「そういえば、エルには最近会ったか?」
「それが、最近は会っていないわ。長期休暇中に一度会ったくらいよ」
エルは多忙を極めていた。アルセン家の用が忙しいというのは聞いているが、彼が具体的に何をしているのかは知らなかった。
「なら俺から教えよう。エルはな、この学校卒業と同時に、アルセン公爵の名を父親から受け継ぐんだ」
「……え?」
若い内からの家督相続は別に珍しくない。ただ、それは継ぐ者が誰もいない時だけだ。エルのお父上は未だご健在なのに、なぜこんなにも急ぐ必要があるのだろうか。
「なぜそんなに早く?」
「さあな、俺は知らない。エルに直接聞いてみてくれ」
彼がそう言うと、校舎の方から授業開始のチャイムが鳴る。すると、彼は「じゃあな」と手をひらひら振って倉庫の方へ続く道を歩いて行った。私も授業に遅れるわけにはいかず、校舎の方へ歩いた。
授業が始まっても、考えるのはエルのことだった。なぜそんなに早く継ぐ必要があるのだろうか。彼はきっと重圧に苦しんでいるはず。私は授業が終わると、急いでエルの教室に行った。
教室に着いたが、エルはすでにいなかった。私は諦めず、彼が行きそうな場所を探す。彼は寮には入っていないからすでに門の前に行っているかもしれない。そう思い至って出入り口の門へと急いだ。
しばらくして門前に着くと、そこにエルの姿がある。私はすぐ彼に呼びかけた。
「エル、待って!」
私の大きな声に彼は振り返る。私の姿を見ると彼は驚いて目を見開いた。
「リリア?」
私は息を整えてエルの方へ向かう。彼も私の方へ来てくれた。
「どうしたの?」
「エル……卒業したらアルセン家を継ぐって本当?」
私がそう言うと彼は驚いた表情をする。そしてすぐに険しい顔つきになった。
「それ、誰に聞いたの?」
「シーグルドよ。今までだって忙しかったのに、こんなに早く家督を継げと言われるなんて……エルが心配になって、私……」
私が焦って言葉を羅列すると、エルは安心させるように微笑んで言った。
「僕なら大丈夫だよ、心配しないで。リリアは学業に専念してほしい。それよりも、もうあいつとは会わない方がいい。言っておくけど、あいつは……」
エルはそう言いかけると、途中で言葉を止める。私が問うと、彼は「何でもない」とだけ返答した。
「とにかく、今からでも関わりを断つべきだ。あいつと関わって良いことなんてない」
エルの眼差しは至って真剣だった。私はその眼差しに押されて了承した。
「分かったわ、もう関わらない。約束する」
私がそう言うとエルはほっとしたような表情をした。彼と再会を誓ってそこで別れる。次はいつちゃんとお話し出来るか分からない。同じ学校に通っているはずなのに、なぜだか切なかった。
それから、私はあの倉庫の先に行くことをやめた。彼とは他の場所で会うことがなかったから、あれ以来会わなかった。
なぜエルがあれだけシーグルドを毛嫌いしているのかは知らない。ただ、私には踏み入れてはいけない領域なのだということは理解できた。
そうして季節は流れ、3年目の冬の長期休暇が訪れた。私はいつも通り馬車に乗って家への道を帰った。この冬が、私の運命を大きく変えるとは知らずに……。
この年の長期休暇もいつも通り家族と過ごしていた。馬たちの世話もして、お母様から魔法の使い方を教わる。いつもと変わらない日常。
そんなある日、唐突にその日は訪れた。
雪がちらつくその日、お父様とお母様は2人で街へ出かけた。私はなぜ2人が出かけたか知っている。私と妹のシャルロットの誕生日プレゼントを買うためだ。
シャルロットと私はどちらも12月生まれで、日にちもそんなに離れていない。だから誕生日パーティーはいつも同じ日だったし、プレゼントも妹と一緒にもらった。
2人の帰りを妹と待っている時だった。1人の使用人が真っ青な顔をして屋敷に入ってくるのが見えた。私は不思議に思って、すぐに玄関先へ向かう。
玄関先へ駆けていくと、使用人たちが騒ついている。息を切らし、真っ青な顔をした使用人が口走った。
「旦那様と、奥様が……!」
その言葉に目を見開く。言葉の意味は嫌でも理解出来た。お父様とお母様に何かあったということだ。私は急いで防寒服を着ると、馬小屋の方へ走った。
「お嬢様、いけません!」
使用人たちが私を止めようとする。しかし、私は彼らの静止を振り切って走る。馬小屋に着くと一番足が速い馬に馬具を付けて背中に乗った。
気が気ではなかった。今までで感じたことのないくらい大きく心臓が鳴っている。私は馬に乗って街の方へ続く道を走って行った。
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