#11 Full moon

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#11 Full moon

 満月の夜、彼の新しい彼女に呼び出された。駅前のカフェに律義にも5分前に着いた私は、コーヒーを頼んで席に座っていた。顔も知らない。私に会いたがっているからここで待っていてくれと彼が連絡を寄こした。私は彼の元カノということになるのかもしれない。 「すみません」 高い、鈴のような声に私は顔を上げた。そこには背はそれほど高くなく、色白で、どこか儚げな女の子が立っていた。ああ、この子か、可愛いなと思った。こういう子を男性は守ってあげたいと思うのだろう。その子は立ったまま私に告げた。 「彼はもう、私のものです」 外見とは違う印象の凜とした声で、彼女は私に宣言した。違う、彼はあなたのものではない。私のものでもない。だれかの所有物ではないと思った。私は彼に自由でいてほしかった。でも彼は夕べ私に、寂しかった、と言った。 「そうね」 私が答えると、彼女は、頭を下げて背中を向けた。ねえ、お茶も飲まないの、元カノと新しい彼女でアイツの悪口を語り合う場面も少し想像していたのに。でも彼女は私の様子を見ると、自信に満ちた冷たい声で彼の所有を宣言し、去っていった。  私は深くため息をついてコーヒーカップに手を触れた。温かい。あの調子では、遅かれ早かれ、彼は私の許に戻ってくるだろう。彼が所有されて喜ぶのはほんの一瞬で、いつも命からがら彼女たちの束縛から逃げ出してくるのだ。私といえば、これからつかの間の孤独を満喫する。一人の夜、自由な日々。彼は、私では与えられない何かを彼女たちから手に入れ、戻ってくる。私は彼を拒むことができなかった。私たちは似ていた。欠けた部分が大きすぎて、二人でいてもいつも満たされなかった。  窓の外の暗い空に望月が浮かぶ。私は彼がもう戻ってきませんようにと祈った。
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