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#08 ラムネの効用
ひとつため息をつくとひとつ幸せが逃げるという。だったら、私が持っていた幸せは、今日一日でなくなってしまったはずだ。
「元気出して。まさかあの青木に彼女がいたとはね」
いつものカフェで、親友の真実がカフェラテを飲みながら言った。私は昨日からちゃんと食事をしていなかった。ラテを口に含むと、苦さと甘さが脳を刺激した。
青木君が席替えで隣になったのは、少し前のことだ。特別かっこよくもなければ、スポーツ万能ってわけでもない。ごくごく普通の男子だと思っていた。
ところが、真美とケンカをして落ち込んでいた時のこと。
「どうしたの、ぼおっとして」
青木君が隣から訊いてきた。
「ん、何でもない」
と言うと、青木君は手をポケットの中でごそごそ動かし、緑色の小さなプラスティックのボトルを出した。
「やるよ、ラムネ。脳が働くから」
青木君が笑った。え、そんな人懐っこそうな笑顔、初めて見たんだけど。
「あ、食べかけだからイヤかな」
「ううん、ありがと」
青木君の前に手を出すと、丸いラムネが5,6個、カラカラっと音を立てて手のひらに落ちた。
それだけ。たったそれだけで、青木君ていいな、と思ってしまったのだ。
それから私たちはいろいろ話した。昨日の宿題のこと、今度のテストの範囲。でも今考えると、話しかけていたのは私で、青木君はそれに答えてくれていただけ、という気もする。
昨日、青木君が女の子と一緒に廊下を歩いているのを見た。ああ、二人はつき合ってるんだな。一瞬でわかった。なんていうか二人を包む空気が柔らかかった。青木君の人懐っこい笑顔が彼女に向かっているのを見て、私は息が止まった。
「真実、明日、数学の小テストあったよね。あたし帰って勉強する。」
真実と別れ、自宅近くのコンビニに寄って、ラムネを買った。
なんでも、ブドウ糖が疲れた脳を活性化するらしい。そうだよ、考えることがいっぱいで、疲れるんだから。私はカリカリとラムネをかじった。もし明日のテストでいい点が取れたら、私もラムネを食べながら勉強したって、青木君に言おう。それくらい、いいよね。
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