13人が本棚に入れています
本棚に追加
#09 母の鯵フライ
窓を開けると空がどんより暗く、湿気を帯びた風が部屋に入り込む。梅雨の季節は好きではないが、この時期にひとつだけ、楽しみなことがある。
ある休日、早起きして実家まで車を走らせた。
「ただいま」
玄関のドアを開けた母が、どうしたの急にと驚いた。
「だって6月になったから。鯵フライ食べにきた」
鯵は6月から8月が旬の魚だ。私は子どもの頃から母の鯵フライが大好きだった。
私は母を車に乗せ、海沿いの魚市場まで出かけた。賑やかな人並みと店員のおじさんの低い声が懐かしい。母は少し小ぶりの鯵を二山買った。
そして夕方になると、私をキッチンに呼び、鯵を捌くところを見ているように言った。
「鯵を横に寝かせて、包丁の先で、切先っていうんだけどね、軽くこそげて鱗をとるの」
シャッシャッ。
「この尻尾につながってるギザギザ、ぜいごっていうんだけどね、包丁をお魚の身に沿わせて削ぎ落とすの」
ザザザッ。
「そしたら頭のとこの羽みたいなの、ヒレなんだけどね、この下から斜めに半分まで包丁を入れて、お魚を裏返して、またここから包丁を入れて、頭を落とすの」
「わっ、魚の頭が」
「何、小さいときからさんざん食べてるくせに。だから美味しくいただかないとね」
母はシンクのボウルに水を張り、身をきれいに洗ってキッチンペーパーで水気を拭いた。
「そうしたら、背中から骨に沿って包丁を入れて、」
いつも見ている鯵フライの形に開けた。
「もう一回裏返して、中骨の上に刃を入れて、骨をとります……はいOK 」
さっき魚市場で買ったばかりの鯵は身の色もきれいで、とった骨には余分なものは何もついていない。
「さすが、上手だね」
私は感心して言った。
「こういうのはね、数をこなすとうまくなっていくの。あなた好きだったから、いっぱい作ったもんね」
母はしゃべりながらどんどん捌いた。そして衣をつけて揚げていく。
「そろそろパパ帰ってくると思うわ、泊まっていくでしょ、冷蔵庫にビールあるわよ」
父に会ったら仕事の話、あれこれ愚痴ってしまうと思ったけど、まあたまにはいっか。私はビールを取り出し、缶に口をつけた。
「ちょっと、コップに入れたら」
母は相変わらず細かいが、わが家のこういう雰囲気は昔から変わらない。やっぱり、帰ってきてよかった。
最初のコメントを投稿しよう!