E07 浴衣が艶っぽいね

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E07 浴衣が艶っぽいね

「きゃー! きゃー! おいでよ、澄花ちゃん」 「しーっ。静かにしたらいいと思うぴくよ」  ホテルの五〇三号室は、誰もいなかった海岸に波を打ち寄せるように賑やかになった。  座敷やソファーの周りを虹花一人が落ち着かずにバタバタと駆け回る。  何度も転びそうになりながら、それに付き合う澄花に、止めようとして、自分もミイラ取りになっている劉樹が、可笑しい。  和と蓮花は景色がいいものだから、窓辺から方々の温泉を見下ろす。  ひなぎくは、一人として黙っていられない子ども達に、いつもそうなのか黒樹に訊きたかった。  こうなったのも、黒樹は、本当ならば大人部屋と子供部屋に分けたかったが、方々から反対されたので、七人で一部屋を借りた。  それなりに出費が痛い上、Eカップばいんばいんを眺められずに残念そうにうなだれている。 「虹花ちゃん、全然追い付かないよー。ソファーでポンポンは、ひっくり返りそうだよ」  澄花は、座敷で足を投げ出した。  元々、運動は得意ではない。 「旅の恥はかき捨てって聞いたし。澄花ちゃんも五時には起っきして、リビングで子供番組を見なよ」 「使い方を間違えているぴくよ。都合よく使ってはダメぴく」  バタバタと休まずにいる双子は、疲れ知らずだ。 「あ、ここはおうちじゃないんだった」  虹花が止まれば、澄花も劉樹も止まる。 「そっか。ちょっと寂しい? 私もアパルトマン(アパート)を離れたらお家賃を払えないから、引き払って来たの。二十五歳から三年以上いたから想い出深いな……」 「ひ、ひなぎくさん。うわあああん」  虹花が先に泣き出した。  さっきまではしゃいでいたのに、今度は、ソファーで打ちひしがれている。 「ひなぎくさん……」  澄花もつられた。  大きなくりっとした目から落ちる涙が、ぽっろっぽろと黙って語る。 「私は、もう大学生なのに、ずっとパリにいたせいかしら? 懐かしいというよりも日本に来たことが不思議。お父様が日本へお葬式に来た時、ママン(お母さん)の所に皆いたわ」  蓮花もパリを偲ぶ。  申し訳ないことに、ひなぎくの一言で郷愁を感じさせてしまった子ども達の為に、何かできないか考えていた。 「困ったわねー」  ひなぎくは、フロントにあった素敵な物を思い出した。  早速、女子チームで気晴らしをしようかと思い、声を掛ける。 「皆、お楽しみがあるの。私と一緒にフロントへ行きましょう。ウキウキしちゃうかも知れませんよ」 「ウキウキー? お猿さんみたいな?」  虹花がソファーから顔を起こすと、泣き腫らした目が、幼さを痛々しくしていた。 「それなら、ウッキーでぴくよ」 「もう、劉樹お兄ちゃんは黙ってて!」  虹花にきつく言われて、劉樹は肩をすくめた。 「だって、僕も行きたいのだもの」 「うーん。劉樹お兄ちゃん、好きなお菓子を買おうか? 予算は五百円」  ひなぎくが肩を抱いた。 「えー、五百円もくれるの? まだ、百円がユーロでいくらか知らないけれども嬉しいぴくよ」 「皆も同じ五百円のお楽しみだから、勘弁してね」  ひなぎくのウインクを黒樹は見逃さなかった。 「蓮花ちゃん、劉樹お兄ちゃん、虹花ちゃん、澄花ちゃん、エレベーターで行きましょう。お留守番をお願いします、プロフェッサー黒樹」  エレベーターは直ぐに来て、フロントにニコニコ顔が揃う。 「黒樹様、白咲様、こちらからお選びいただけますか?」 「うわあ! ジャポン(日本)。素敵だわ! 着物、何かの絵で見ました」  部屋に置いてある浴衣ではなくて、フロントに頼むと色々なデザインから選んで、五百円で一泊レンタルできるから嬉しい。 「蓮花さん、気に入ったかしら? 浴衣レンタルよ」 「もう迷い出してしまって、ダメだわ!」  ひなぎくは、頭に手を当てて参っている蓮花を可愛いと思った。 「サイズの小さいのもあるわ。自分で選ぶ?」  かがんで、数点の浴衣をかごごと見せた。 「はい」  二人は、素晴らしいハーモニーで頷く。 「お会計時にご一緒させていただきます」  フロントの女性が、微笑ましそうにしている。 「以上でよろしいですか?」 「はい。お願いいたします」  皆が迷って選んだ浴衣と劉樹の買い物をフロントで会計した。  劉樹は、遠慮したのかおまんじゅうを一個だけだったので、おつりはひなぎくがあげた。 「ここの温泉、源泉かけ流しですって。だから、いい温泉があふれているわ」  五階の部屋に戻ると、何か色気づいた蓮花は、浴衣を着始めた。  蓮花さんのは、透き通るような肌がきめも美しくきらめく、黒地に蝶の大胆なデザインだ。 「ねえ、ひなぎくさんも後で、一緒に大浴場に行きましょう」  格子戸の前の籐のスツールに腰かけて、今にも絵になりそうだった。 「ちょっと、いい? 蓮花さん。そのまま」  ひなぎくは、デジカメで一枚撮らせて貰った。 「ごめんなさい、話を横切って。温泉はいいわね、蓮花さん。ご一緒しましょう。それから、虹花ちゃんに澄花ちゃんも」  レンタルした子どもの浴衣をひなぎくがにこにこと着せていた。  澄花が水色で紫陽花の柄にし、虹花が薄桃色で縞の柄にした。 「やったー! 広いお風呂なの? ねえ、ひなぎくおばさん」 「ねえー、ひなぎくおばさん」  矢継ぎ早に、虹花と澄花に迫られた。 「先程の案内してくれた方の話だと、四つは屋内に、大浴場、ジャグジー、打たせ湯、サウナ付き。一つは混浴だけど露天風呂もあるらしいわよ。あと、私っておばさんかしら? いやーねー。困ったわー」  バシンと虹花の背中を叩いてしまったら、虹花の縞模様が可笑しくなって、女子チームでは笑い話に花が咲いた。 「では、女子チーム、行って参りますね」  風呂敷に小さなポーチや巾着に各々小銭などを入れて顔をほころばせていた。 「行って来ます。お父様」 「行って来るね。パーパー」 「行って来ます。パパ」 「おう、間もなく行く。ひなぎくちゃんも溺れるなよ。ってか、おっぱEがばいんばいんだから、着られるのなかったか? レンタル浴衣さ。スーツで行く人、初めてだよ」  黒樹が格子戸を開けて景色を眺め、振り返らずに手を振っていた。 「あらあら。基本泳げない人扱いですか。それに、レンタルの五百円は勿体なかったの。困ったわねー」  ひなぎくの困ったが、再び出た。  頬に手を当てて困るのは、ひなぎくの癖だ。 「混浴で会おう。ねー」  黒樹は、振り向いて歯をむき出しにして笑った。 「プロフェッサー黒樹、多少は女の子が好きだとは思っていましたが、からかわれるとは思いませんでしたよ」  ひなぎくは、俯いて首を左右に振った。 「いいじゃないか、ひなぎくちゃん。三十路手前でぴっちぴち」  黒樹は、指を三本出して冷やかした。 「お子さん達も行くのですから、おふざけはよしてくださいね」  ひなぎくは、真面目が直らない。  まあ、真面目は悪いことではないから、直しようがないと黒樹は思っている。 「パーパー、イジメたらダメだよ。澄花ちゃん、いつも強い言葉で汚いこと言われて来たのだから、気を付けないと」  虹花の離れチョップがお披露目された。 「ああ、そうだったな。だが、露天風呂で混浴は漢のロマンなのさ」  顎に手をやり、薄いのにニヒルにしたいのが恥ずかしい。 「父さん、俺でもそんなロマンはないよ。オヤジ臭いな」  和の離れチョップもソファーから投げられた。 「あー、うー! 分かった。ここで待っているから、行って来なさい」 「では、行って参りますね」  ドアの鍵は、黒樹が持った。 「きゃっ。露店風呂で混浴なのですか? ひなぎくさん」  五〇三の部屋を出ると、蓮花が小声で尋ねて来た。 「蓮花さんは、年頃ですもの。止めましょうねー」  ひなぎくは、まだ大学生なら早いだろうと思ったが、早くない大学生もいるので困った。  本人が恥ずかしいのなら、止めるのが賢明だと思った。 「ひなぎくさんは、行きます?」 「どうかしら?」  もう三十路になるのだから、肌を見られる位どうってことはない。  水着でバカンスはできるのだから。  でも、私はバージンなのよね。  そう考えていると、大浴場に着いた。  このノリでは、きゃっきゃうふふが、数分後、女子チームから聞こえる気がした。
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