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「見たよ、新入生代表挨拶。優秀だね。うちみたいな市立じゃなくて、もっと上の進学校狙えたんじゃない? ここらだと、北陽高校とか。あ、もしかして咲ちゃんと一緒にいたかったとか! シスコンだな?」
にや、と結理先輩がいたずらっぽく笑う。
先輩はうわさ好き。
誰かが話したんだろう。同じ合唱部の裕子かも。
あの子はあたしと聡太と同じ中学だった。
「やめてくださいよー! キモいから」広められたらまずいから、あたしは大げさに首も両手も横に振って否定した。
「ブレザーの制服がいいって言ってたんで、ここにしたんじゃないですかね。ほら、北陽は詰襟だから」
「ええ? なんじゃその理由」
「変でしょう。あいつ、でかく育ったわりに小さいことにこだわるんですよ。ピアノも「離れた和音を掴める成功率が低すぎる」って急にやめちゃったし」
「なにそれー、変!」
結理先輩がけらけら笑う。
でしょう、とあたしも合わせながら、早くこの話はやめたいと思った。
気が滅入ってくる。
小さい頃、透き通ったメロンソーダにアイスが溶けて白く濁ってしまった時に感じた気持ちを思い出す。どんなに欲しくても、あたしはそれが嫌で今もクリームソーダは頼まない。
「だから、聡太はだめだと思います。運動部にでも……入るんじゃないかな」
――嘘だ。
もう一人のあたしが口を出す。
胸の中にあるおはじきが、ピンと弾かれる。
あたしは両手を鍵盤の上に置き、右足をペダルに載せた。
「残念。姉弟連弾とか面白そうだったのに」
結理先輩がちぇ、と唇を尖らせた。
――連弾で伴奏? 冗談でしょ……。
あたしはもう一度、さっきの曲を弾き始めた。
『あたしの後に続いて弾くんだよ。かえるの歌みたいに』
ふいに昔のことが脳裏を過ぎった。
息を吸って吐き出すと同時に、あたしはかたいペダルをぐっと踏みこむ。
「この曲聴いたことある。なんていうんだっけ」
曲に合わせて、結理先輩が身体を左右に揺らし始める。
リズムをとるその様子を横目で見ながら、あたしは答えた。
「――ランゲの『花の歌』。好きなんです、この曲」
「春っぽいね。やわらかい咲ちゃんの弾き方に合ってる」
メトロノームみたいに、先輩が揺れる。
その速度に合わせて、あたしはテンポを緩めた。
ラララ、と口ずさむ声が、やがてメロディと調和していく。
穏やかな時の訪れに、あたしは目を閉じる。
開いた窓から忍び込んできた風が、ふわりとあたしたちを包んだ。
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