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──明晰夢、というやつだろうか。今目の前にある光景が、夢であるという実感が確かにある。
辺りの風景は何て事のない、我が家のリビングだ。他の家族はいない、自分だけだ。
それだけならまだ異常じゃないのだけど、その家庭のモダンな雰囲気を粉々にする異物が、うちの席にふんぞり返っている。
『フゥフフフフファハハハ!!』
山羊を連想させる大きな角。ブルーベリー色の不健康そうな肌。そして、中世貴族を想起させる、豪奢にして時代錯誤な服装。
そんなあからさまに危ない奴が、今日日まず聞かないだろう、悪いやつ感丸出しの高笑いをしていた。
『ここが我の新しい居城か! 随分質素なものだ!』
声がでかい。現実だったら騒音被害扱いされるレベル。迷惑千万という言葉が似合いすぎる。
悪夢だ。明晰夢かつ悪夢って酷すぎる。こういう時に限ってうちの目覚めの悪さに腹が立つ。
「…何者だ、この変態」
『変態ではない! 我はシチアザーク三世! 世界を闇に包む魔王なりッ!!』
魔王。またトンチキ過ぎて、目が胡乱なモノを見るそれに変わる。というか、こんなのが三世代も続いてるって正気か。
『フフフ、にっくき勇者御一行に八つ裂きにされた時はどうなるかと思ったが、転生という千載一遇の機会が訪れるとはわからぬものよ!』
「はぁ? 意味わかんねぇのよ!!」
でかい声で何をほざいている。というか転生って。他人の夢に入り込んでおいてちゃんちゃらおかしい。
『戯れ言はここまで。さぁ、我に全てを委ねよ!』
そう言って、この変態はなんか手を伸ばして近づいていくる。
まずい、超絶気持ち悪い。何か武器があればいいが、生憎徒手空拳じゃどうにも──、
…待て、ここはうちの夢の中だ。目を閉じて、自分の体に一番馴染むモノをイメージする。
『…? 何を』
──虚空から、一振りの竹刀がうちの右手に出現する。
ここは夢の中。多少の好き勝手は通じると思ったが、うまくいった。得物があればこっちのものだ。
「フッ、何をするかと思えば。そんななまく──」
──言い切るよりも速く、右腕に強打。端から見ても、腕に痺れが伝わっているのがわかる。
『な──』
動揺してるのはお互い様。体に染み付いた動作にそのままに従って躯を走らせる。
「いいからッ!」
怯んだ隙に鼻っ柱へ突き。相手の頭部が跳ね上がり、間髪入れずに最小限の動作で次の構えに移行する。
「近寄るなッ!」
──面。面。面。一点を集中乱打。脳震盪か、相手の足下がふらついている。一瞬で呼吸を整えて、締めの構え。
「このッ、ヘンターイッ!!!」
──とどめの突き。竹刀で角の変態を流れるように滅多打ち。試合なら一本、真剣だったら即死は確実。
ありがとう道場のお爺ちゃん。護身術として役に立ったよ。まだ生きてるけど。
目を回し、角は折れ曲がり、青い鼻血をだくだくに流す相手は、糸の切れた人形のようにへたり込む。
『ま、まさか。小娘負けるとは……』
御託はいいからとっとと消えてほしい。うちの脳ミソの中にこんなのが一秒でも留まられる事自体が悪夢だ。
『だ、だが。これで勝ったと思うなよ。貴様の心折れた時に、我は……』
「るっさい死ねぇ!」
竹刀でひん曲がった角に一太刀。角は片方がぱっくりと折れ、変態は呻き声のような断末魔と共に光となって消えた。
トドメを刺したからか、辺りが急に眩くなる。やっと目覚めるようだ。
これで漸く悪夢とおさらばできると思うと感慨深…くはない。とっとと目覚めろうち。
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