1人が本棚に入れています
本棚に追加
所謂昨今流行りの例のあれだ。目が覚めるとゲームとかのキャラになってました、という。うちは別に悪役じゃないけど。
あれを目にする度に思っていたのだが、上書きされる前の人格は何処に行ってしまったのだろう、と。
少なくとも、何かの拍子に今までの自己をきれいさっぱり消されるのは、やられた側はどうなのだろう。
──まぁ、そんなものフィクションの世界だ。自分に振り掛かるなんて夢にも思わない。…その筈だったんだけど。
「……朝目が覚めたら、うちの中に魔王様がいた」
…うん、何を言っているんだか自分でもよくわからない。頭がどうかしているのだろうか。
「…何でこんなことになってんだろうなァ」
溜め息を漏らしながら、珈琲を啜って寝ぼけ眼に喝をいれる。
この現象は一体何なのだろう。もしかして妄想に憑り付かれてしまったのか。
『何をボソボソと呟いている、我が依り代。いい加減その体を明け渡せ』
脳内に響く、如何にも悪いことしてますっていう声で、図々しいにも程がある要求をしてくる。
朝食のトーストを齧りながら、目を伏せて念じる。口に出さなくとも、これで会話は通じるようだ。
(…そんなに言うなら奪ってみれば? さっきはできたでしょ?)
『む…』
…沈黙。それだけで答えが出た。つまりは、そういうことだ。
勿論、それが出来るならこんな会話をする理由はない。寝惚けていた時ならともかく、平時では小指一本もままならないようだ。
『…貴様、何が欲しい?』
「はい?」
急にへりくだった物言いに変わるものだから、つい口に出してしまった。
『…何が望みだ、と訊いている。世界の半分か?』
(そんなものいらないって。いつの時代の話よ)
もっと言えば、そもそも世界はお前のモノではないだろうと。
『だから体を明け渡せと言っている。そうすれば世界は思うままだぞ?』
(いらないって言ってるでしょ。トリアタマかこの悪霊紛き)
こいつの物言いはあれだ。競馬行って当ててるから借金すると言うのと同じだ。信用ゼロ、聞くに値しない。
(というか、なんで別世界の魔王サマが、うちみたいな一女子高生に転生するの。輪廻転生ガバガバ過ぎるでしょ)
『…仕方ないだろう。もう一度野望を遂げんとする我の意志に天が応えた結果だ』
(だからって赤の他人に乗り移るとか、絶対体のいい厄介払いでしょ…)
いや、こんなところに放り込まれても普通に迷惑なんだけどさ。
「モミ、今朝からなんか様子変よ? 熱でもあるの?」
ずっと俯きがちだったからか、お母さんが心配の声をかけてきた。流石に申し訳なく、頭を上げて笑顔を向ける。
「ううん。別になんとも──」
──そう言いかけた、張り付けた笑顔が凍る。
いつものようにキッチンに立ち話しかける母。そう、日常の風景。その筈なのに。
「何よ、じろじろ見て」
「な…えっ?」
お母さんは小首を傾げている。いや、そりゃじろじろ見ますよ。だって…、
「なんか変な角生えてるゥーっ!?」
最初のコメントを投稿しよう!