うちはもうダメかもしれない

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 所謂昨今流行りの例のあれだ。目が覚めるとゲームとかのキャラになってました、という。うちは別に悪役じゃないけど。  あれを目にする度に思っていたのだが、上書きされる前の人格は何処に行ってしまったのだろう、と。  少なくとも、何かの拍子に今までの自己をきれいさっぱり消されるのは、やられた側はどうなのだろう。 ──まぁ、そんなものフィクションの世界だ。自分に振り掛かるなんて夢にも思わない。…その筈だったんだけど。 「……朝目が覚めたら、うちの中に魔王様がいた」 …うん、何を言っているんだか自分でもよくわからない。頭がどうかしているのだろうか。 「…何でこんなことになってんだろうなァ」  溜め息を漏らしながら、珈琲を啜って寝ぼけ眼に喝をいれる。  この現象は一体何なのだろう。もしかして妄想に憑り付かれてしまったのか。 『何をボソボソと呟いている、我が依り代。いい加減その体を明け渡せ』  脳内に響く、如何にも悪いことしてますっていう声で、図々しいにも程がある要求をしてくる。  朝食のトーストを齧りながら、目を伏せて念じる。口に出さなくとも、これで会話は通じるようだ。 (…そんなに言うなら奪ってみれば? さっきはできたでしょ?) 『む…』 …沈黙。それだけで答えが出た。つまりは、そういうことだ。  勿論、それが出来るならこんな会話をする理由はない。寝惚けていた時ならともかく、平時では小指一本もままならないようだ。 『…貴様、何が欲しい?』 「はい?」  急にへりくだった物言いに変わるものだから、つい口に出してしまった。 『…何が望みだ、と訊いている。世界の半分か?』 (そんなものいらないって。いつの時代の話よ)  もっと言えば、そもそも世界はお前のモノではないだろうと。 『だから体を明け渡せと言っている。そうすれば世界は思うままだぞ?』 (いらないって言ってるでしょ。トリアタマかこの悪霊紛き)  こいつの物言いはあれだ。競馬行って当ててるから借金すると言うのと同じだ。信用ゼロ、聞くに値しない。 (というか、なんで別世界の魔王サマが、うちみたいな一女子高生に転生するの。輪廻転生ガバガバ過ぎるでしょ) 『…仕方ないだろう。もう一度野望を遂げんとする我の意志に天が応えた結果だ』 (だからって赤の他人に乗り移るとか、絶対体のいい厄介払いでしょ…)  いや、こんなところに放り込まれても普通に迷惑なんだけどさ。 「モミ、今朝からなんか様子変よ? 熱でもあるの?」  ずっと俯きがちだったからか、お母さんが心配の声をかけてきた。流石に申し訳なく、頭を上げて笑顔を向ける。 「ううん。別になんとも──」 ──そう言いかけた、張り付けた笑顔が凍る。  いつものようにキッチンに立ち話しかける母。そう、日常の風景。その筈なのに。 「何よ、じろじろ見て」 「な…えっ?」  お母さんは小首を傾げている。いや、そりゃじろじろ見ますよ。だって…、 「なんか変な角生えてるゥーっ!?」
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