うちはもうダメかもしれない

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「うわあっ!?」  間一髪で斬撃を避ける。鋭い刃は床にブッ刺さり、その勢いと切れ味を物語る。  聖剣をぶんぶん振り回し、それを避ける。その度に、我が家がどんどん傷跡が増えていく。テーブルは前衛芸術となり、壁は稲妻のように波打ち、家全体がぐらつく。 「くそ、これじゃ埒が明かない…」 『ふむ。ここで会ったが百年目。あやつと決着をつけさせろ。体を──』 (るっさい悪霊。そのまま座ってて)  即答。こんなアホに体預けたら、あっという間に膾斬りにされるのが関の山だ。それはごめんだ。 『いいのか、魔法の使い方を教えてやるぞ!?』 「いるか、そんなもん!」  とはいえ、これはまずい。愛しの一件家が倒壊するか、うちがおろしにされるかのタイムアタックだ。 …仕方ない。避けても意味がないんなら、イチバチに掛けるしかない。 『何をして……』 (黙ってて。集中してる)  意を決して、うちは足を止める。呼吸を整え、全身を流れる血流までも感じ取れる程に集中力を高める。  相手の方はというと、こっちが足を止めたのをいいことに、踏み込むための力を溜めている。 …一瞬で来る。直感でそれがわかる。 「せいやァああああ!!」  掛け声と共に、床を蹴破る勢いで突っ込んでくる。全体重が乗った、重い一太刀が迫る。 「いぇえええええい!!!」 ──縦一文字。振り下ろされた刃は、額を確かに捉えていた。  そのまま人体を縦に両断するかに見えた銀の一閃は、うちの目の前で止まる。 『こ、これは──』 「火事場の馬鹿力、侮れないね…」 ──無刀取り。或いは真剣白羽取り。両の拳が、左右から銀の刃をぴたりと停止させる。  とにかく、これで一転、相手は無防備をさらす。そして──、 「あそこがお留守ッ!!」  膝を思い切り突き上げる。がら空きとなった、下半身の一点へ向けて。 「──っぉ」  悶絶。そして指先から力が緩み、崩れ落ちる。主を失った剣は、その輝きが色褪せ、床へ乱雑に転がる。 「……な、なんとかなったぁ」  心の底からの安堵。深い吐息が、九死に一生を得た実感を染々と伝えてくる。  お爺ちゃん、マジでありがとう。今度高級緑茶と和菓子買っていくから。 『まさかな。勇者まで退けるとは。貴様何者だ?』 (…ただの女子高生よ。それより、とっとと終わらせるわよ)  さて、それはそれとして。いい加減うんざりな茶番劇にケリを着ける為に、うちは物置小屋へ一直線。  右手には鋸、左手には工具セット。流石に木材の切断のようにはいかないだろうが、やってみなければわからない。  そこに転がってる聖剣でもいいか、と思ったが、あのヤバさを見た手前、手に取るのは躊躇われる。  動画でそれっぽいのを参考にしつつ、慎重に角を削ぎ落としていく。強打の影響か、木をぶったぎるよか簡単に切断できた。 「…あとは目覚めるまで待つ、と。今日は確か粗大ゴミの日だったから──」  家にあったボロ布を探してきて、そいつ柄に触れないよう剣を簀巻きにする。そして──、 「くたばれ妖刀がぁああああ!!!」  外のごみ捨て場に、恨みを込めに込めて放り投げる。  一仕事終えて、うちはリビングに戻ってくる。しかし、状況は最悪だ。悪夢は終わっていない。  うちの日常は木っ端微塵である。ドタバタ騒ぎと言えば聞こえはいいが、マイホームが廃墟寸前と化して、辺りは死屍累々。おまけに遅刻確定だ。 「…どうしようホント」 ──やばい、涙出てきた。夢なら覚めてくれ。うちはもうダメかもしれない。  そんな希望を夢見つつ、私はふと足もとがふらつく。集中の糸が切れたのか、意識が急激に薄らいでいく。  もし、目が覚めたなら。今度こそ夢であってくれ。そう強く願った。
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