1人が本棚に入れています
本棚に追加
「うわあっ!?」
間一髪で斬撃を避ける。鋭い刃は床にブッ刺さり、その勢いと切れ味を物語る。
聖剣をぶんぶん振り回し、それを避ける。その度に、我が家がどんどん傷跡が増えていく。テーブルは前衛芸術となり、壁は稲妻のように波打ち、家全体がぐらつく。
「くそ、これじゃ埒が明かない…」
『ふむ。ここで会ったが百年目。あやつと決着をつけさせろ。体を──』
(るっさい悪霊。そのまま座ってて)
即答。こんなアホに体預けたら、あっという間に膾斬りにされるのが関の山だ。それはごめんだ。
『いいのか、魔法の使い方を教えてやるぞ!?』
「いるか、そんなもん!」
とはいえ、これはまずい。愛しの一件家が倒壊するか、うちがおろしにされるかのタイムアタックだ。
…仕方ない。避けても意味がないんなら、イチバチに掛けるしかない。
『何をして……』
(黙ってて。集中してる)
意を決して、うちは足を止める。呼吸を整え、全身を流れる血流までも感じ取れる程に集中力を高める。
相手の方はというと、こっちが足を止めたのをいいことに、踏み込むための力を溜めている。
…一瞬で来る。直感でそれがわかる。
「せいやァああああ!!」
掛け声と共に、床を蹴破る勢いで突っ込んでくる。全体重が乗った、重い一太刀が迫る。
「いぇえええええい!!!」
──縦一文字。振り下ろされた刃は、額を確かに捉えていた。
そのまま人体を縦に両断するかに見えた銀の一閃は、うちの目の前で止まる。
『こ、これは──』
「火事場の馬鹿力、侮れないね…」
──無刀取り。或いは真剣白羽取り。両の拳が、左右から銀の刃をぴたりと停止させる。
とにかく、これで一転、相手は無防備をさらす。そして──、
「あそこがお留守ッ!!」
膝を思い切り突き上げる。がら空きとなった、下半身の一点へ向けて。
「──っぉ」
悶絶。そして指先から力が緩み、崩れ落ちる。主を失った剣は、その輝きが色褪せ、床へ乱雑に転がる。
「……な、なんとかなったぁ」
心の底からの安堵。深い吐息が、九死に一生を得た実感を染々と伝えてくる。
お爺ちゃん、マジでありがとう。今度高級緑茶と和菓子買っていくから。
『まさかな。勇者まで退けるとは。貴様何者だ?』
(…ただの女子高生よ。それより、とっとと終わらせるわよ)
さて、それはそれとして。いい加減うんざりな茶番劇にケリを着ける為に、うちは物置小屋へ一直線。
右手には鋸、左手には工具セット。流石に木材の切断のようにはいかないだろうが、やってみなければわからない。
そこに転がってる聖剣でもいいか、と思ったが、あのヤバさを見た手前、手に取るのは躊躇われる。
動画でそれっぽいのを参考にしつつ、慎重に角を削ぎ落としていく。強打の影響か、木をぶったぎるよか簡単に切断できた。
「…あとは目覚めるまで待つ、と。今日は確か粗大ゴミの日だったから──」
家にあったボロ布を探してきて、そいつ柄に触れないよう剣を簀巻きにする。そして──、
「くたばれ妖刀がぁああああ!!!」
外のごみ捨て場に、恨みを込めに込めて放り投げる。
一仕事終えて、うちはリビングに戻ってくる。しかし、状況は最悪だ。悪夢は終わっていない。
うちの日常は木っ端微塵である。ドタバタ騒ぎと言えば聞こえはいいが、マイホームが廃墟寸前と化して、辺りは死屍累々。おまけに遅刻確定だ。
「…どうしようホント」
──やばい、涙出てきた。夢なら覚めてくれ。うちはもうダメかもしれない。
そんな希望を夢見つつ、私はふと足もとがふらつく。集中の糸が切れたのか、意識が急激に薄らいでいく。
もし、目が覚めたなら。今度こそ夢であってくれ。そう強く願った。
最初のコメントを投稿しよう!