44人が本棚に入れています
本棚に追加
とある研修医たち
「力量差……」
菅井はエレベーターで嗚咽する。
「何も無くてよかった」
「ああ」
瀬尾が遊馬にそう言った。
「すごいねぇ……西野先生みたいだった」
遊馬にそう言う瀬尾。
菅井と平瀬は静かに聞いている。
遊馬が突拍子もないことを言う。
「まだまだだ…俺たちこそお前の腕を信頼している」
「え?」
「優秀なナースが研修医を手助けする。俺たちは瀬尾のアシストがなければとっくに医者なんて辞めてただろうな」
「優秀なナースに負けるドクター…負けない」
平瀬はそんなことを言った。
「間違いなくそうだな」
菅井が立ち上がって瀬尾を見る。
「ありがとな…流雨」
瀬尾は菅井の方を見て微笑んだ。
「可愛いな」
同じトーンで言ったため何を言われてるのか気づかなかった瀬尾。
すぐに気づいたが場の空気が一変する。
ERの扉が開かれる。
入ってきたのはERのスクラブをきた横浜。
「……」
「お疲れ様です」
最初に口を開いたのは平瀬。
遊馬は黙って見ている。
「お疲れ様です…」
「片付け終わりました」
菅井と瀬尾がそれぞれ挨拶をする。
横浜は黙っている。
「予後は」
横浜は遊馬の言葉に口を開く。
「まだ血圧少し低いですが、安定してきています」
「そう」
場の空気が凍りつく。
遊馬はペン回しをしている。
横浜が不意に4人の方を見る。
遊馬は目を落としている。
しかし4人を一瞥した。
「ありがと」
「え」
思わぬ言葉に菅井が嗚咽する。
「……横浜先生?」
瀬尾が不思議な顔をしている。
「アプローチが甘い遊馬、とにかく雑で下手くそな菅井、慎重すぎて遅い平瀬、ドクターより優秀なナース。けど、1人でもかけていたら私は救命医として戻って来れなかったと思う」
遊馬の方を見る横浜。
目が合う遊馬はじっと横浜を見る。
「遅くなってごめんなさい」
横浜はそんな言葉を投げかけるとエレベーターを出ていった。
4人はERにいた。
「ER…緊急救命室。俺はここに和やかな雰囲気が流れるなんて思ってなかった」
菅井は無影灯を見て優しく呟いた。
「遼のおかげじゃないのに何言ってんの」
瀬尾が菅井に嫌味を言った。
「鼻で笑うな!俺だってやったわ!」
「ハイハイ知ってるよ」
瀬尾は適当にあしらう。
菅井はそれを追って出て行く。
「ちょ、流雨!」
2人の様子を笑ってみている平瀬。
「ほんと仲良いね」
「あぁ」
遊馬も少し微笑んでいた。
「指導医からのありがたいお言葉…胸に刻んでやるしかないな」
「そうだね」
優しく笑みを浮かべる遊馬の口からこぼれる言葉。
平瀬は同調する。
「私は…絶対ここのフライトドクターになる」
「ああ」
2人はそれぞれの思いを抱えて歩き出す。
そんなきっかけとなった。
命とは有限で、必ず終わりが来る。
医者はその期限を伸ばすために戦う。
確かに研修医というひよこのような産まれたてで、スキルは乏しい。
だが与えられた戦場はシニアと変わらない。
だから同じように戦って勝っていけるように経験を積む。
過酷な現実を突きつけられる時もある。
それでも前に進んでいく。
命と向き合うにはそれぐらいの覚悟と責任が必要なのだ。
横浜と西野はERにいた。
2人は黙っていた。
西野は沈黙を破る。
「あの日お前は確かに里美さんを殺した。結果殺しになってしまったと言うべきか」
急に昔のことを語り始める。
「……」
「お前の判断は間違ってなかった。だから訴訟に持ち込めなかった」
西野は横浜の方を見る。
「状態も悪くてどうしようもなかった。何も知らない患者家族が当たり障り怒りをぶつけたんだお前に。お前は悪くない」
「けどあんたなら……救えたかもしれない」
横浜は怒りを西野にぶつける。
我に返る横浜は西野の方を申し訳なさそうに見る。
しかし西野は優しい目で横浜を見ている。
「あぁ」
「春馬…」
「今のお前ならできる。傲慢じゃない、謙虚な医者は救命に必要だ」
横浜はただ黙っていた。
「昨日のお前は救命医だった」
横浜はそう言うと昨日のことを思い起こす。
「遊馬…」
横浜は遊馬のヘルプを蹴った。
無視した。
自分より年下の子達が必死で患者を救っている。
足元もおぼつかない未経験なオペに彼らだけでやっていた。
無謀すぎる。
自分は救える。
けど患者の急変が怖い。
また殺してしまうから。
けど……
『横浜』
横浜のPHSが鳴った。
相手は西野だった。
「な、なに?」
『救命のヘルプ入ってくれ』
「え?」
『切断患者の様態が急変したと聞いた。俺たちは30分以上かかる。お前しか頼れない』
モニターが鳴り響く。
野本はまもなく死ぬ。
遊馬…アプローチが甘いよ。
菅井…いても無駄。
出血増えるだけ。
平瀬……もっと動いて!
そんなんじゃいる意味ない。
瀬尾…のろま2人のペースに翻弄されすぎ。
『横浜?』
横浜は気づくと唇を強くかみ締め電話を切っていた。
「どうした」
タクシーの中で相良は西野に尋ねる。
「切られました」
「なに?」
「やるしかない」
自分にしかできないこと。
それはあの子たちを導くこと。
過去がなに?
野本さんに関係あるの?
あるはずがない。
今私がすべきことは患者を救うこと。
その意志を持って医者として救うこと。
行こう。
「切った時は終わったかと思った。けどお前は遊馬たちを助けてくれた、」
「春馬」
横浜は西野の言葉を遮る。
西野はじっと見つめる。
「今日から救命よろしく」
西野は無視して歩き出す。
その方を叩いて、
「頼りにしてるぞ、憧れのドクター」
「遊馬……あいつ。絞める!」
西野がERに入ってくる。
前日に用意してあったプレートを貼る。
清野の横にはられたプレートには『横浜』と書いてあった。
「戻ったのね。色羽」
清野がにやけてつぶやく。
「横浜先生」
平瀬が目を輝かしている。
「……」
プレートを見て微笑む遊馬。
するとERに入ってくる人がいた。
遊馬は横浜を確認すると会釈する。
すると横浜が近づいてくる。
「……?」
疑問をうかべる遊馬。
「変なあだ名つけるな!この顔だけ導師!」
「急になんすか」
テレレレレーーーーンテレレレレーーーーン
横浜がホットラインに出る。
急に顔つきが変わる。
「はい。聖良救命センター」
「横浜市消防より多重衝突事故による高エネルギー外傷患者3名の受け入れお願いします」
「受け入れます。運んでください」
横浜の判断でERがバタバタし始める。
「遅れました」
菅井がERに入ってくる。
車の多重衝突事故が発生していた。
既にERには3人が寝台で治療を受けていた。
縫合をしている西野は遊馬に指示を出す。
「お前相良先生んとこつけ」
「はい」
遊馬は清野と手を組んでいた。
「遊馬くん…君はできるから期待してるよ」
「ありがとうございます」
清野がそんなことをいった。
「脳腫脹起こしてるから脳脱防ぐために脳室ドレナージしてる。とりあえず急変に備えてて」
「はい」
テレレレレーーーーンテレレレレーーーン
遊馬は手を止めてホットラインに出る。
「はい聖良救命センター」
「先程の多重衝突事故患者です。三十代男性、右腕に大きな変形があり車の下敷きになっていたところを救出されました。胸を強く打っていて右腕からの出血止まりません」
遊馬は西野の方を見る。
「厳しいぞ」
相良が菅井と平瀬と開腹止血をしながら言った。
「無理だ」
遊馬は西野の判断に身を任せて断ろうとした時、
ERの扉が急に開く。
「私もやろう。遊馬先生は我々のサポートに」
「桜沢先生…」
相良が驚きの表情をうかべる。
「研修医たちは知らないか。俺は桜沢。医院長だ」
桜沢は「以上だ」というアイコンタクトを送る。
喧騒がすぐに戻ってくる。
「急にどうしたんですか」
西野は桜沢に会話を持ち出す。
「昨日の話だが。夜覚えてるか」
「確か、発生しました」
「近いうちかもしれない」
続く
最初のコメントを投稿しよう!