救えない命

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救えない命

テレーンテレーンテレーンテレーン モニターが警戒音を鳴らす。 傍らあたふた声を上げる横田がいた。 「菅井先生……先生!」 「遊馬……菅井そっち任せてオペ室運ぶぞ」 「確か肝破裂の」 「そうだ」 菅井は横田を抑えてICUから出す。 「横田さん…落ち着いてください」 「先生……急に鳴ったんです機械が!」 「今から助けます。信じてください」 「先生……」 「師長!」 菅井は師長を呼び付けてERに戻る。 「モリソンに液体貯留…間違いなく動脈解離しています」 「ダメージコントロールサージャリーを行って止血試みたが深部損傷で血管もぐちゃぐちゃになっていた。それで解離したんだろう」 「開腹してまず止血しましょう」 「そうだな」 「こちらです!」 レスキューによってつれられる3人。 現場に向かって走っていく。 劇場内は暗い。 しかしレスキューのライトで現場は明るかった。 「お願いします」 レスキューの頼みで平瀬は動き出す。 しかし西野は動かなかった。 「先生?」 「指示」 「……」 瀬尾も指示を待っている。 「まず一通りみましょう」 「了解だ」 西野はブルーシートにいるふたりを見る。 平瀬は瀬尾と挟まれた患者を見る。 「分かりますか?」 足を完全に挟まれて救出が難航している。 「レベル2桁、意識無しで皮下気腫なし。バイタルは安定しています」 辛うじて応答がある。 「あっちも頭強く失神した患者と開放創だけだ」 「はい」 「……で」 「で?」 西野は平瀬の顔を見る。 「次はどうする」 「次?……えと」 「トリアージは」 平瀬は一瞬たじろぐが冷静に判断して決断を口にする。 「下腿開放骨折の患者さんは鎮痛してラッピングしたあと医師の同乗無しで近隣病院に搬送。失神した患者さんは私が近隣の病院に同乗。西野先生は救出できるまでここで命繋いでください」 「レスキュー澤野さんお願いします」 「「はい!」」 レスキューがすぐに澤野のストレッチャーを動かす。 平瀬は自分の判断が正しかったと認められ安堵し、その暇もなく澤野の外固定を行う。 鎮痛を行っているものの、 「ぐっ……ぁぁっ!!痛てぇ……」 出血も多く複雑に骨折しているため神経に障る。 そのせいで激痛を伴う。 救急車から寝台が来て、そこに載せられる。 「お願いします」 澤野は無事処置を終えて病院に向かう。 「お前ここで患者見てろ」 西野が救命バッグを持っている。 「え?」 「幸いこっから5分で着くから15分で戻れる。輸液と鎮静でまだ持つ。俺が戻ってきたらまた手伝うからここにいろ」 「……はい」 平瀬は覚悟を決めて西野の支持に従う。 「お前の判断は凄く良かった。けど見栄っ張りは時に患者を殺す」 平瀬はアルブミンをポンピングし始める。 「輸液全開で落としてください」 「はい」 瀬尾が平瀬の指示に従う。 西野は救急車に向かった。 横田の急変により緊急手術が行われることとなるER。 相良がメスを持つ。 「かなり出血見込まれる。レベルワン繋げろ」 「はい」 相良の指示に遊馬が返事をしてサポートする。 菅井も横田を師長に任せてオペに入る。 開腹するとすぐに血液が漏れ出る。 「メイヨー」 「はい」 遊馬が術野を確保するために腹壁をザクザク切っていく。 「開創器」 菅井が開創をする。 「サクションだ」 遊馬が吸引の指示を受けて吸引をする。 「かなり出てるなぁ…まずいぞ」 相良の言葉に菅井は一瞬たじろぐがすぐに目を戻す。 「…残念だが損傷部位の肝臓を切断する。カッター」 「はい」 「スポンジスティックお願いします。圧迫止血します」 「はい」 遊馬のインプロビゼーションで止血の時短をはかる。 「見えるか菅井」 「見えません」 「門脈クランプしましょう」 「そうだな」 遊馬がサテンスキーを要求する。 「血圧40切りました」 「くそ……」 菅井はそんな言葉を吐き捨てた。 ラチェットが門脈にかけられる。 すると出血がやむ。 「よし…腹部外科回しましょう」 菅井がそういった時、 「……待て」 テレレレーーーンテレレレーーーン モニターが心拍ゼロを指し示す。 「耐えれんかったか……」 「ワンチャンスあります、俺が心マするからすぐに止血してください」 「……」 相良の言葉の直後、物凄い量の血液が溢れ出てきたのだ。 長時間の出血性ショックに耐えることが出来なかった。 ダメージコントロールサージェリーを行ったということもあり、相当な負担がかかったのだ。 遊馬も相良ももちろん菅井もそれを悟っていた。 この患者は死ぬ運命だったと。 それでも菅井は心臓マッサージをしている。 心拍は10や20を低迷している。 それはかすかに動く菅井の手によるものだった。 手の動きに合わせて血液が溢れてくる。 「横田さん!!」 菅井の悲痛な声がERに木霊する。 「菅井……」 「ガーゼパッキングします。タオル持ってきてください」 「遊馬?」 「止血すればワンチャンスあるかもしれません」 「でも」 「タオルとガーゼ」 「は、はい」 「分かってるだろ遊馬」 「横田さんは亡くなるかもしれない。でも、せめて血ぐらい止めてあげたいんです」 遊馬は相良の顔を見る。 「痛かった……苦しかったでしょう。せめて最後ぐらい綺麗な状態にしたい…」 そう言うと術部に目を戻して止血に取り掛かる。 いつの間にか相良も手伝っていた。 相変わらず菅井は心臓マッサージを続けていた。 でも心拍が戻ることは無かった。 「先生、サチュレーション下がってます」 西野が現場を離れて五分後の事だった。 「93です」 「櫻井さん?聞こえますか?」 瀬尾からサチュレーション低下を告げられる。 命の危機を瀕している状態だ。 意識はなく休出まで時間がかかる。 「先生……すまない、持たしてくれ」 西条の言葉に平瀬は弱々しく頷く。 「瀬尾さん挿管チューブ」 「はい」 喉頭鏡を入れようとすると、 「下顎呼吸…皮下気腫もないし……これ」 喉頭鏡のライトで照らされる喉奥。 舌根が喉の奥まで入り、チューブを入れる隙間がない。 「ダメ……挿管できない……」 「どうしますか?」 瀬尾が平瀬に尋ねる。 しかしフリーズしてしまった頭では考えることは出来ない。 するとそこに西野から電話がかかってきた。 「はい」 「すまない…今から帰る。患者どうだ」 「西野先生……サチュレーション下がってます」 「挿管は?」 「舌根の沈下で入りません」 「経鼻はできるか」 「出来ません」 その直後、西野が平瀬に告げた。 「気切しろ」 「え?」 現場での、まして1人でのオペなど経験がない。 気管切開だとしてもオペはオペだ。 重圧がのしかかる。 「俺戻るのに7、8分だ。気切してABC確保しないと5分で外傷性窒息で死ぬぞ」 「でも…」 吃る平瀬。 医者として1人前になるために必要な事だ。 それに目の前の患者を見捨てられない。 そんな平瀬に西野は言葉をかける。 「遊馬がエースなら…お前はキャプテンだ」 自分は救命医だ。 医者となって患者を救うことが出来る。 それは自分にしかできないこと。 患者の痛みを取り除くのが私の仕事。 だからこそ今やるべきことは目の前の患者の命を救うこと。 それが任された使命と責任だ。 遊馬先生は…ではない。 気切できるのは遊馬先生じゃない。 私だ。 「瀬尾さんメスください」 「出来ますか?」 瀬尾が平瀬に尋ねる。 しかし平瀬は即答した。 「やるよ…だって医者だもん」 瀬尾は笑って答える。 「すぐ終わるよ」 電話越しで西野が指示を出す。 「前頸部の消毒と局麻済んだらメスで2センチ切開しろ」 平瀬はメスを頚部にあてがり切開する。 「ペアン」 「気管まで組織を剥離したら挿管チューブが見えるはずだ」 「ありました」 「気切チューブを挿入したら抜け」 慎重にチューブを挿入していく。 挿入後ガーゼを当てながら口腔から挿管チューブを出す。 「出来ました」 「サチュレーション95超えました」 「あとは俺がやるから任せろ。よくやった」 患者の足を見る西野。 救急車から戻った西野はバトンタッチした。 「先生……」 「よくやった平瀬。あとは手伝ってくれ」 「急変しましたよぉ…」 「今泣きつく暇ないぞ。レスキュー救出までどれくらいですか?」 「20分です」 「右足の動脈をクランプしてクラッシュシンドロームに備えるぞ。切開クランプセット」 「はい」
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