意思

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「清野…こっち頼めるか?」 「りょーかい…遊馬くん入れる?」 「はい」 西野は清野に頭部外傷の患者を託す。 「対応力が尋常じゃない…」 平瀬は青いスクラブを着ている清野の行動に感嘆していた。 「まぁ元救命って前言ったじゃん…それより動いて早く」 「ご、ごめん」 瀬尾が平瀬に説教を入れる。 清野は開頭手術をテキパキ進めている。 呼応するように遊馬は前立ちをする。 「サクションすぐ入れるので開けてください」 清野に指示を出す遊馬。 「……わかった」 先を読んだ行動に思わず息を飲む清野。 (この子…春馬先生!?) 対応力が圧倒的に西野に酷似していた。 患者は現在1名。 菅井と相良はICUにいる。 西野と平瀬は次にくる患者の搬送に瀬尾とロータリーに赴く。 「頭部ヘマトーマ除去、ドレーン留置して閉頭しましょう」 遊馬の凄まじいするどい眼差しで円滑にオペは進んでいく。 清野もようやく慣れて遊馬と共に進めていく。 清野は先日桜沢院長に申し出て救命に戻った。 5年間脳外科医としてキャリアを詰んだ清野は脳外科専門の救命医だ。 ロータリーに進む途中で横浜に遭遇する。 「平瀬、悪い先行ってくれ」 横浜の手前で止まる西野。 「何?」 「今から恐らくデグロービングの患者が来る。手伝ってくれ」 「救命に行ってデブれってこと?」 「あぁ」 「野本陽介さん32歳。工場の機械に挟まれ巻き込まれた模様です。脈拍120、血圧86の53、呼吸数28、サチュレーション93です」 救急隊員が2人にバイタルを伝える。 「気胸だ…挿管セットと循環動態注意で」 「はい」 平瀬が患者の状態を見て判断する。 「見せて……」 横浜は患者の腕を見る。 「深部損傷…デグロービング損傷」 患者は腕を動かして声を出す。 「胸が……痛いです」 「大丈夫ですよ、今から治療しますから」 西野は野本にそう声をかける。 寝台を運んでいく。 「バイタルサチュレーション悪い。エコーとれ」 「胸腔に影あります。緊張性気胸の可能性あるのでドレナージセット」 「はい」 西野は平瀬に指示を出したが既に行動していた。 西野はその様子に感嘆する。 「どうだ」 「生食と消毒。まず止血する」 久々の救命現場に臨場する横浜。 緊張していた。 「平瀬そっち頼む。俺こっちやる」 「はい」 清野と遊馬はオペを済ませて脳外科病棟に向かっていく。 「よし止血した。オペ室にコールして。血管修復とデブリードマンする、それから…」 その瞬間患者は吐血した。 「グボッ…」 「ログロール、サクション」 「はい」 横浜は静止して西野は指示を出す。 平瀬はドレーンを留置し終える。 瀬尾は吸引を西野に渡す。 「大量血胸あります」 ドレーンから血液が溢れ出る。 「まずい…高エネルギー外傷で多発外傷だ。開胸してアオルタをクランプして出血をコントロールするぞ」 「はい」 瀬尾は開胸セットを準備する。 「レベルワン繋ぎます」 「デブリードマンは?」 横浜が弱々しく西野に言う。 「お前も救命医やってたんならわかるだろ…腕より先だ。切断かもしれない」 「…え」 「手伝え」 胸部に消毒がかけられる。 「サチュレーション上がりません、血圧脈拍共に落ちてます」 「メス」 「はい」 「平瀬…開胸器つけてる暇ないから手でこじ開ける。お前大動脈遮断してくれ」 「分かりました」 「横浜お前は患者の循環動態注意しつつ輸血してくれ」 西野は横浜の方を見る。 しかし、 「……」 「横浜」 フリーズしている横浜。 急患の様態が急変することはよくある事だ。 ゆえに患者を過去に無くしている横浜にとってそれはトラウマだった。 「救命に来るんじゃなかったのか」 「でも……私には…苦が重すぎる」 そういうと横浜はERを出ていった。 「え」 「目を落とせ、集中しろ」 「すみません」 平瀬に喝が入る。 「どういうことですか」 「あいつは救命時代に、自分が1人の時に担当した患者を急変でなくしている。ミスではなかった。でも助けられるという傲慢な姿勢が死を導いたといってトラウマを抱えている。救命に戻りたいらしいが今のあいつじゃ無理だ」 止血した。 「大オペ室いくぞ。ジェネラリストと血管外科呼んでくれ。腕は後に回す。おそらく切断だ」 「はい」 平瀬は黙っていた。 瀬尾は西野の指示を遂行する。 ただ不思議な空気が流れていた。 「どうだった?」 「横浜先生……逃げちゃったね」 「え?」 平瀬が菅井に言った。 遊馬は無視してカルテを書いている。 担当医は遊馬だった。 「フラッシュバックだ。誰でもトラウマがある。根掘り葉ぼり人の過去を詮索するのは辞めないか?」 そういうとスタッフステーションを出ていった。 瀬尾はそれとすれ違う。 どことなくピリついた西野を察して何も言わず2人のところに来る。 すると同着で相良が来た。 「お前たち、明日の午前だが、桜沢先生と西野の3人でここ離れて会議に行かんとかん。すまないが頼む」 「分かりました」 平瀬が返事をする。 菅井も頷く。 相良が去ると同時に瀬尾が椅子に座る。 「遊馬くんどーした?」 「イラついてどっか行った」 瀬尾に菅井が答える。 「それはわかるけどさ…」 「横浜先生のこと言おうとしたらやめろって」 平瀬が答える。 「意外と真面目なんだね」 「シンプルに人がいいだよあいつは」 菅井と瀬尾が独り言のようにつぶやく。 なにせシニアのいない午前だ。 院内には他の科のシニアがいるとはいえ初めてのことに緊張感を覚えていた。 「容態は?」 「……お前こそ」 ICUに運ばれた患者。 野本は意識がなかった。 懸命な処置の結果、切断という形にはなったが一命を取り留めた。 「私は……迷惑かけてごめん」 「仕方ないだろ、自分の見た患者が目の前で死に、患者家族に罵られる。俺だったら医者やめてるかもしれない」 西野は皮肉めいたことを言う。 「だってそれは」 「救命に戻るやつが患者放棄することはただの言い訳だ。お前の私情に患者家族は関係ない」 そう言うと西野はICUを出ていった。 取り残された横浜の後ろ姿を瀬尾は見ていた。 一瞥をやめて患者のケアに入る。 横浜はぼんやりとしていた。 「お前が……娘を殺した…」 「……す、すみま…」 「謝って帰ってくるのか!?」 「………」 横浜の胸ぐらを父親が掴む。 運ばれた患者は12歳の少女だった。 多重衝突事故が発生して右腕が切断され、強く胸を打った状態で運ばれた。 「形成はきつい……開胸して止血します。輸血お願い」 「一人で行けるか」 「なんとかする」 ここで誰かに、西野に頼んでおけばよかったのに。 「出血箇所見当たらない…」 「血圧50切りました」 ナースが横浜にバイタルを告げる。 その瞬間血液が急に溢れてくる。 テレレレーーーンテレレレレーーーン モニターが心拍0を示す。 「血管傷分からない……」 なお血液が溢れてくる。 そのまま患者は亡くなった。 自分一人で出来るという傲慢さ。 多くの患者が運ばれ手が離せない状況でも自分を過信し、患者家族に暴言を吐かれ、荒んでしまった。 「娘さん…」 野本の持ち物からは小さな女の子が映っていた。 「お父さんいつもありがと…お母さんがいなくても寂しくなんかないよ」 そう書かれていた言葉を読む。 「……」 横浜はICUを立ち去った。 「今日はシニアがいねーのな」 「ああ」 「清野先生は?」 「脳外のオペに入ってる」 遊馬が2人の質問に答える。 「俺ICU行ってくる」 「分かった」 菅井が遊馬に言った。 瀬尾が後ろについて行く。 「ほれいくぞお子様」 瀬尾の頭に手を置く菅井。 瀬尾の凄まじい殺気ですぐに手をどかす。 「相変わらずだねあの2人」 「院内恋愛とはいいご身分だ」 遊馬はカルテを書いている。 「興味無いの?恋とか」 平瀬の言葉に遊馬の手が止まる。 じっと前を見ている。 「……恋…か。……したくないな」 遊馬はそう言うと立ち上がりスタッフステーションを出ていく。 しかしそれは停められる。 菅井がものすごい形相でやってきたからだ。 「どうした」 「野本さんが…血圧70切った」 遊馬と平瀬は野本の元へ走る。 ERに運ばれる野本。 テレーンテレーンテレーンテレーン 「ポーダブルに映らない。特定できない」 「出血していることには間違いないよな」 平瀬と菅井の会話が響くER。 瀬尾を始めとする3人のナースがいる。 遊馬は野本の顔を見ている。 「開胸しよう」 遊馬の方を全員見やる。
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