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「そこそこ集まりましたね。平等とはいかないけど」
次のクラスの袋を手に竹久が言った。
「これが2020年度後期生徒会長、最後の仕事っす」
「卒業式で送辞読んでくれるんでしょ?」
「微妙っす。緊急事態出てたら無くなるって連絡ありました。先輩、答辞じゃなくて『旅立ちの言葉』になるんでしょ?」
そうだ、そんな連絡があった。
「去年の先輩は卒業式すらなかったんだからね」
諦めなくちゃ仕方ないーーそんな事々がまた嵩んでいく。
「これで最後っすね」
九組の袋を手に取った竹久の言葉に頷いてから各先生の封筒を見た。彼が言ったように、そこそこ均等に入っている。
「酷い言葉とかなかった?」
「はい」
竹久は短く答えた。私が分けたなかにもそういうものはなかった。
「これ、いつ渡すんすか?」
「卒業式で校長に渡すの」
私の答に竹久は何も言わなかった。
彼の持つ封筒が薄くなっていくのを見ながら、手持無沙汰になって窓から外を見る。薄水色に晴れた空に小さな雲がふわふわと流れている。普通の日曜なら校庭に響いている運動部の声も、空気に漏れて運ばれる吹奏楽部の音も無い。
虚しさを掃うように窓を開けた。凍えはしないけれどまだ冷たい風が頬を撫でる。開いた窓に凭れながら室内を振り返ったとき、揶揄うように突風が。窓際のデスクにある鞄の横に置かれたメモの束が、風にあおられて室内に飛び舞った。
さしずめ大きな花弁のようにひらひらと室内に飛んだメモを見て、心のなかに貯め続けた虚しさが弾けた。
「私さ、考えてたんだ。一年間いろんなことを諦めてきた。生徒会だってそうだけど、他のことも。仕方ないと思った、こんな状況だし。遠野くんのご家族が陽性だって聞いたとき、仕方ないが正解だったと思った。
誰かに迷惑をかけることになるから我慢して我慢して諦めて。でもね、諦める必要のないこともあると思ったんだ。ここまでたくさん諦めたから、諦めなくていいことを考えることができたんだと思う」
堰を切ったように溢れる言葉は止められなかった。竹久は驚いたような表情のまま、手を止めて私を見ている。
「私、浪人する。今回、第一志望だめだったけどもう一度挑戦する。それって私が諦めなくても誰にも迷惑をかけないことだよね」
竹久に言いたかったわけじゃない。誰に言いたかったんだろう? 私自身になのかもしれない。
九組の封筒を持ったまま床に散らばったメモを拾った竹久が、その一枚を持って私に近づいてくる。
「卒業式に桜、間に合いますよ。きっと」
拾ったメモの一枚を私に渡した竹久は、隣りで窓の外を見ながらそんな風に呟いた。
彼の横顔が少し微笑んでいるような気がして、その言葉が私への送辞でエールに聞こえた。
手渡されたメモを額にあてて
「そだね」
とつぶやく。
ありがとうの代わりに。答辞の代わりに。
来年の私にも桜はきっと咲く。咲かせてみせる。
〈 fin 〉
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