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翌日の卒業式が終わり、卒業生たちが列を作って正面玄関前を歩いていく姿を僕は他の在校生たちとともに見ていた。
そこには真衣先輩の姿もあった。
「一緒に写真撮ろう」
と言われ、先輩のスマホで一枚だけ写真を撮った。
どんな表情をしていいのかよくわからず、たぶん僕は曖昧に笑っていたんだと思う。
「東京に行くんですよね?」
「うん」
東京、言葉にすれば、たった二文字だけど随分遠くだなと改めて思った。「あ、寂しかったり?」と僕は先輩に指を差された。
「いや、オレも東京の大学行きますから」
「来れるの?」
いまの偏差値ではたしかに無理かもしれない。
「勉強して、偏差値あげますから。あの単語帳覚えれば、英語はなんとかなるんでしょ?」
「先は長いと思うけどね」
「ちゃんとやりますから」
何の根拠もなく応えたのだが、先輩は微笑んだ。
「じゃ、地道に頑張ってみて」
「はい」
「遠くから応援してるよ」
「たぶん聞こえないですけど」
「それは、広瀬次第だよ」
そう言って悪戯っぽく笑うと、真衣先輩は右手を伸ばし、僕の左頬を触れた。なぜかその手から逃れようとは思えず、ただ僕は立っていた。
何か言われるのかと思ったが、先輩はただ僕を見ていた。
相変わらず冷たい掌だった。その冷たさが僕の頬に伝わる。でも、先輩の大きな瞳が僕に何を伝えようとしているのかはわからなかった。
「そう……、広瀬次第なんだよ」
真衣先輩が口を開いたときに告げたその言葉の意味を僕は理解できなかった。
先輩もまたそれ以上は何も言ってくれず、ゆっくりと手を離すと、「またね」と言って春風の吹く方向へと真衣先輩は消えていった。
真衣先輩に何か声をかけたいような気がしたけれど、僕は何を言えばいいのかわからなかった。
しばらく僕が立ち尽くしていると、
「今日も片付けで体育館使えないってさ」
という声で僕は我に返った。同じバスケ部の野村だった。いつのまにか隣にいたらしい。「あ、そう」と僕は曖昧に返した。
「どうした? 元気ないじゃん」
「別に」
「そっか。じゃあさ、たまには広瀬も一緒に遊びにいかね? みんなでカラオケ行くんだけど」
「……たまには、それもいいな」
なんとなく叫びたいような気がしていたので、僕は珍しく放課後に友人たちとカラオケに明け暮れた。
中学時代に流行ったロックバンドの曲をシャウトしすぎて、翌日の朝は声が掠れていた。
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