73人が本棚に入れています
本棚に追加
1
誰もいない体育館、聞こえるのはバスケットボールが弾む音と僕のバッシュのスキール音だけだ。
ストップモーションから僕はシュートを放つ。ボールが手を離れた瞬間に入るという確信があった。きれいな弧を描いたボールはネットを揺らした。
「よし」
と僕が声を出すと、体育館の扉が開く音が聞こえた。
「広瀬、もう6時になるぞ。体育館閉めるぞ」
体育担当の藤田先生だった。
僕は「わかりました」と返事をして、時計を見る。もう5時50分だった。ボールを倉庫にしまい、入れ替わりでモップを持ち出し、フロアにモップをかける。
他の部員はとっくに帰ってしまったので、ここには僕しかいない。
モップ掛けを終えて、僕は藤田先生に挨拶をして体育館を出た。
廊下の窓から見える景色は真っ暗だった。
この季節は5時を過ぎると、もう真っ暗だ。外はきっと寒いんだろうなと思いながら僕は正面玄関に向かった。
靴を履き替えていると、「広瀬」と名前を呼ばれた。今度は藤田先生のしゃがれた低い声ではない。空気に澄むような女性の声だった。
横を向くと、そこには、サラサラとした長い髪の女子生徒が立っていた。
「真衣先輩」
榊真衣先輩だった。
「また一人で練習してたの?」
「あー、はい」
「お疲れ。駅まで一緒にいこーよ」
真衣先輩の笑顔に釣られて僕も笑顔を返す。
ここ最近、僕は真衣先輩と毎日のように一緒に学校を出ている。
最初のコメントを投稿しよう!