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次の日も学校があった。
「佑夜、起きて! 学校に行く時間になるわよ!」
母の声に、俺は叩き起こされる。
動かない頭を無理矢理回転させる。
動かない体を無理矢理動かす。
もそもそと布団から出て、リビングへと向かった。
そこに父の姿は既になかった。
「あれ、父さんはもう仕事行ったの?」
「ええ、行ったわよ」
「そうなんだ。相変わらず早いね」
「まあ、仕事が仕事だからね。佑夜も、朝ごはんを食べたら着替えてね」
「はーい」
母はゴミを捨てに行った。
一人で母が作ってくれた目玉焼きを食べる。
黄身を割って醤油をかける。
「うんま」
俺は口に運びながら、そんな言葉をこぼす。
それだけでは足りないと分かっているのか、ふっくらとバターを含んで香ばしい匂いを出している食パンがそこにあった。
とろとろになったバターの量がこれまた絶妙だ。母は俺のことをよく分かっている。俺自身よりもずっと。
美味しくてすぐに食べ終わる。
「ご馳走様でした」
食べ終わった俺は、食器を流しまで運んだ後、部屋へと戻って制服へと着替えた。
学校は好きではないが嫌いでもない。
どちらでもない。つまり普通だ。
なので行くことに対して、特に抵抗などはないのだがーー
その日はいつもと違っていた。
「ーー? 少しだけ息苦しい? 何か少し変だな」
自分の体に違和感を覚えながら、時間が迫ってきていたので、着替えて家を出た。
「行ってきます」
ゴミ捨てに行った母と、交代するかのように俺は家を出た。
母にこの息苦しさについて、話そうとはしなかった。心配をかけさせたくなかったから。授業中に寝ていれば治るかもしれない。放課後までに治らなかったら、病院へ行けばいい。それくらいに軽く見ていた。
恐らく、それがいけなかったのだろう。
家を出てから5分。息苦しさに加え、動悸と目眩が激しく起こる。
更には足元がふわふわとし始め、歩くこともままならなくなる。
一度、家に帰った方がいいか?
それともこのまま学校へ行って、保健室で寝ていようか? まともな判断ができない状況まで追い込まれた俺は、選択に迫られた。
学校まで、普通に歩いて10分程度かかる。
この調子なら、20分前後かかることになるだろう。家に戻った方が、圧倒的に良い。
けれど、ここで引き返したとして、母に心配をかけさせてしまうことは明らか。いや、このまま学校へ行って倒れたりでもしたら、結局心配をかけさせることになる。
色々な考えが頭の中を巡る。
仕方がない。家に戻ろう。
ふらふらとした足取りで、踵を返したその時、トン! と誰かとぶつかった。
「ーーす、すみません」
力無く謝ると、ぶつかってしまったその人物が、こちらを見た。
うわっ、物凄いイケメン。
男の俺がそう思うほどに、その人物は整った顔をしていた。
自分が女子だったら、確実に惚れていた。
肩まである長い銀髪を一つで結び、カーキーのフーデットコートに黒スキニー。
男らしさというものが、格好から滲み出ていた。
……と、そんなことはどうでも良くて、そのイケメンが俺のことをめちゃくちゃ見てくる。いや、ぶつかってしまったことは、悪いと思っている。
けれど、そこまで観察されるとーー
「あの、俺の顔に何か……?」
「おっと。さすがに見すぎてしまった。すまないね。ようやく見つけたものだから、少し舞い上がってしまった」
「見つけたって、何をーー」
どくん、と心臓が高鳴る。呼吸が荒くなり、息をするのが辛い。イケメン男性を見ると、彼はただ笑っていた。
だ、誰か助けーー
そこで俺の意識は途絶えた。
意識を失った佑夜に、その人物は言った。
「おかえり、我らが主よ」
イケメン男性はそんな言葉をこぼすと、意識を手放した佑夜をかかえて、その場から姿を消した。
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