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「では、レン。例の通りによろしく頼む」
「了解致しました。主もお気をつけて」
人間が来るとされる、東のそこで、俺は1人孤独にその瞬間が来るのを待つ。
【あー、緊張する。今まで生きてきた中で1番と思えるほどに緊張するなぁ】
誰もいない。
自分以外には誰も。
心の中でゴチるしかないではないか。
【ここで失敗をするわけにはいかない。なんたって、俺滅亡の危機だからな! まったく、父さんと母さんの話が、本当になってしまうとは、夢にも思わなかった。しかも俺の場合、魔王というのだからなぁ。本当に世の中、何が起こるのか分からない】
「……父さんと母さん、元気にしているだろうか。今頃俺の行方が分からなくて、騒然としているだろう。はあ、結局心配をかけさせてしまうことに……」
それにしても、と俺は思う。
「どうして選ばれたのが俺だったんだろう」
そこまで考えた時、俺は意識を現実へと戻した。複数の足音が聞こえたからだ。
「ーー来たか」
セリフまで、魔王っぽくなる。
上から目線の物言いに、自分自身に吐き気を催した。
いや、魔王を演じなくてはならないから、このままでいいのか。
ーー本当にいいのだろうか?
俺の心の中で、もやっとした何かが蠢く。
俺は俺のままでいたいのだが、それはもしや叶わないのだろうか?
はてさて、一体どうすればーー
「ーーなっ、魔王がいるぞ!」
わざわざ歩いてきたのだろうか?
皆、呼吸の乱れが激しい。
深い森に囲まれた、切り立った断崖に聳え立つ魔王城。ここから街の景色が一望できる。
高所恐怖症ではなくて良かったと、心の底から思った。
高いところが苦手な者を、こんなところに立たせたら、それだけで失神してしまうだろう。
それほどまで、この場所は高かった。
しかも、ここまでの道のりは、歩いて来るには相当辛いように見える。
さて。ここまで歩いてくれた方々を、もてなさなければな。
殺しに来た、と言っても銃はない。
皆、ナイフやら鎌やらを持っている。恐らく、近距離戦になるだろう。
けれどまあ、殺し合わなくていいのなら、合わないで越したことはないのだが。
「わざわざご足労いただき、誠にありがとうございます。お時間をかけて来ていただいたところ申し訳ないのですが、敵対するつもりが、私にはなくてですねーー」
「ふ、ふざけたことを抜かすな! この悪魔が!! お前らが俺たちに何をしたのか、忘れたとは言わせないぞ!」
先頭にいた男が、俺に向かって怒鳴った。
厳つい顔をしたおじさんだ。右の額から頬にかけて、傷跡がついていた。ここが現実世界なら、絶対に関わりたくないNo. 1に入るだろう。
いや、今も十分関わりたくないが。
ーーいや、すみません。
この世界には今日来たばかりなので、状況が今ひとつ把握できていません。
【レンから話を聞く暇もなかったので、何一つとして分からないのです。もしよければ教えていただけますか?】
な〜んて、言えるはずがない。それを口にしてはいけない。口にすればするほど、厄介なことになる。間違いなく。
「えっと、だからこちらも緊急事態なので、争っている暇などなくてですね。話し合いで終わらせたいとーー」
「話し合いなんかで終わりにできると思っているのか!? お前らは俺たちにーー」
「ーーもう我慢ならない」
俺と話していた男とは別の者が、小さく呟いた。
と、次の瞬間ーー
「おおっと、危ない!」
銀色の刃が、俺の目に真っ直ぐに飛んできた。
素手でそれを受け止める。
ぽたりと血が垂れたが、俺は気にしなかった。
それを投げた者を、俺は視線を向ける。
「おやっ、君はーー」
見覚えがあったわけではない。
もちろん、知り合いでもない。
けれど、このむさ苦しい人間集団の中に、この子はいてはならないような気がした。
人間たちがいけないのではない。
そういうわけではないのだがーー
俺が考えあぐねている間に、その者は懐から新しいナイフを取り出すと、殺気を放って駆け出した。
良い動きだ。
良い動きすぎて、それは勿体無い。
「君は挑む相手を間違えた」
俺はパチン! と指を鳴らした。
すると一切の音もなく、その者の背後にレンの姿が。
「ーーッ!」
「悪いね。少しだけ眠っていておくれ」
レンの声と共に、その者は深い眠りへと誘われ、意識を失った。
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