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嬉し泣きでも、驚いた涙でも、安心した涙でもなく。しくしくと、悲しそうに泣いていた。
美咲は泣き続ける。涙を拭っても拭っても溢れるばかりで止まることを知らない。嬉しくて感動して、抱きついてくることも、言葉と同時に開けてみせた婚約指輪も、受け取ろうとしなかった。僕が予想していた結果とは正反対の反応だった。受け取ろうとされない指輪を持つ手は、夜風に晒されて冷えていった。
言いたいことはちゃんと言った。それ以外の言葉が、僕にはもう出せなかった。用意していたはずの言葉も、頭から飛んでいってしまった。指輪を見つめる美咲。見つめるだけで受け取ろうとしない。もしかしてプロポーズは受けないという意志なのだろうか。
時間だけが過ぎていった。とても長く感じられた。
僕の呆然としている顔を見てなのか、また美咲はわっと泣き出した。何もわからない。何を考えているのか検討もつかない。涙の意味が理解できない。
美咲が急に動き出したかと思うと、僕の横を走り去った。走り抜けた冷たい風。エレベーターのドアが閉まる音。感触や音が何なのかわかるまで、僕は美咲が展望台のエレベーターに乗って離れていったことに気がつかなかった。
揺れる電車の中、昨日のことを思い出してみて、憂鬱になる。展望台に行くまでは、なんて楽しかったんだろう。もしかして、楽しいと思っていたのは僕だけで、美咲にとっては楽しくなかったのかもしれない。楽しそうな笑顔、嬉しそうな顔、美味しそうな顔。もしかしたら、美咲は僕に嘘をついていたのかもしれない。本当は僕と一緒にいても楽しくないって。かなり上手い演技をしていたことに、僕はずっと気がつかなかったのかもしれない。
美咲は嘘をついていたのか? 嘘つきなのか?
そんなことあるはずない! 美咲の笑顔は本物だった。
そんなことお前にわかるのか、涼介。そばにいながらずっと気がつかなかったくせに。頭の中の自分が叫んでくる。頭の中がもうぐちゃぐちゃだ。
『おはよう。昨日のことでちょっと話がしたいんだけど、今夜どうかな?』
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