不真面目

5/20
前へ
/47ページ
次へ
「まあ、それじゃあお願いするよ。期待はしてないケド」 「なんだよそれ」  私がホッとしたのが伝わったみたいで、電話の向こうの兄さんの声が和らぐ。 「とりあえず、若頭との顔見せ、来週の日曜日だから」 「は!? 日曜日!? えっ、嘘、何時どこ!?」  私はまた慌てて、食い気味に叫ぶ。さっきとは別の理由で。 「十九時渋谷――」  あー、よかった。一時間余裕があるし、近くだから間に合いそうだ。 「って、何でそんな慌ててんだよ? 何、先約?」 「その日、下北でアラタくんのライブ」 「ハァ。ココアなあ、そんなの仮に被っててもキャンセルしろよ」  兄さんはめっちゃ呆れたみたいだけど、これだけは譲れない。  アラタくんはこんな何もイイことない人生の唯一の生きがいだ。  しいて言えば私の人生の光だ。  ――それに。  水島組の若頭とやらが、奥さんのアイドル趣味を許してくれるかわからない。  兄さんの作戦がうまく行かなかったら、これで最後になるかもと思ったから。 「大丈夫、ライブが終わったらすぐ行くから」 「絶対遅れんなよ?」  相変わらずため息交じりに、だけどちょっと笑って。  兄さんの通話がぷつりと切れる。  ――あーあ。私の人生、こうなるように出来てるのかな。  すっかりぬるくなった缶コーヒーを飲み干す。  CDショップの駐車場を、ぴゅう、と、冷たい風が吹き抜けた。  ジャケット写真のアラタくんは、素知らぬ顔で無邪気に笑っている。
/47ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加