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「まあ、それじゃあお願いするよ。期待はしてないケド」
「なんだよそれ」
私がホッとしたのが伝わったみたいで、電話の向こうの兄さんの声が和らぐ。
「とりあえず、若頭との顔見せ、来週の日曜日だから」
「は!? 日曜日!? えっ、嘘、何時どこ!?」
私はまた慌てて、食い気味に叫ぶ。さっきとは別の理由で。
「十九時渋谷――」
あー、よかった。一時間余裕があるし、近くだから間に合いそうだ。
「って、何でそんな慌ててんだよ? 何、先約?」
「その日、下北でアラタくんのライブ」
「ハァ。ココアなあ、そんなの仮に被っててもキャンセルしろよ」
兄さんはめっちゃ呆れたみたいだけど、これだけは譲れない。
アラタくんはこんな何もイイことない人生の唯一の生きがいだ。
しいて言えば私の人生の光だ。
――それに。
水島組の若頭とやらが、奥さんのアイドル趣味を許してくれるかわからない。
兄さんの作戦がうまく行かなかったら、これで最後になるかもと思ったから。
「大丈夫、ライブが終わったらすぐ行くから」
「絶対遅れんなよ?」
相変わらずため息交じりに、だけどちょっと笑って。
兄さんの通話がぷつりと切れる。
――あーあ。私の人生、こうなるように出来てるのかな。
すっかりぬるくなった缶コーヒーを飲み干す。
CDショップの駐車場を、ぴゅう、と、冷たい風が吹き抜けた。
ジャケット写真のアラタくんは、素知らぬ顔で無邪気に笑っている。
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