不真面目

7/20
前へ
/47ページ
次へ
 下北沢駅の井の頭線ホーム。  ちょっと高い位置にあるからか、いつ来てもちょっと寒い気がする。  ましてや秋口だと尚更で――心まで寒いとさらに尚更だ。 「はぁ……」  目の前に止まった各停電車のライトが眩しい。  ライブの夢から覚めて、現実を通り越して、悪夢への直行便。  乗るのを躊躇っていると後ろの人が背中にぶつかった。 「あ、すみません」 「――やーっぱり、今日のライブに来てた子だ」  下手すれば兄さんの声より聴きなれた、優しく透き通った声。  驚いて顔を上げると、濃いめのサングラス越しに『彼』と目が合った。 「――アラタくん?」 「シーっ」  藤枝くんは唇に指を立てて、私の背中を押す。  握手会で何度も触れ合った手だけど、背中に触れるともっとずっと大きく感じた。 「こんな電車の中で他のファンに見つかると面倒でしょ?」 「そうだけど……」  それならなんで私に声をかけてくれたんだろ。  聞こうとする私を遮って、アラタくんは話を続ける。 「ええっと、確か琥琥愛ちゃん、だったよね? 王の虎が二匹の。サイン書いたことあったよね?」 「覚えてくれてた!?」 「さすがにファン全員ってワケじゃないけど……ココアちゃんは印象に残るタイプのファンだったからね」  そんなことを言われると、リップサービスと思っててもキュンとしちゃう。  照れくさくってどう答えていいか迷っていると、藤枝くんがそっと声を落として言った。 「嘘じゃないよ」
/47ページ

最初のコメントを投稿しよう!

25人が本棚に入れています
本棚に追加