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下北沢駅の井の頭線ホーム。
ちょっと高い位置にあるからか、いつ来てもちょっと寒い気がする。
ましてや秋口だと尚更で――心まで寒いとさらに尚更だ。
「はぁ……」
目の前に止まった各停電車のライトが眩しい。
ライブの夢から覚めて、現実を通り越して、悪夢への直行便。
乗るのを躊躇っていると後ろの人が背中にぶつかった。
「あ、すみません」
「――やーっぱり、今日のライブに来てた子だ」
下手すれば兄さんの声より聴きなれた、優しく透き通った声。
驚いて顔を上げると、濃いめのサングラス越しに『彼』と目が合った。
「――アラタくん?」
「シーっ」
藤枝くんは唇に指を立てて、私の背中を押す。
握手会で何度も触れ合った手だけど、背中に触れるともっとずっと大きく感じた。
「こんな電車の中で他のファンに見つかると面倒でしょ?」
「そうだけど……」
それならなんで私に声をかけてくれたんだろ。
聞こうとする私を遮って、アラタくんは話を続ける。
「ええっと、確か琥琥愛ちゃん、だったよね? 王の虎が二匹の。サイン書いたことあったよね?」
「覚えてくれてた!?」
「さすがにファン全員ってワケじゃないけど……ココアちゃんは印象に残るタイプのファンだったからね」
そんなことを言われると、リップサービスと思っててもキュンとしちゃう。
照れくさくってどう答えていいか迷っていると、藤枝くんがそっと声を落として言った。
「嘘じゃないよ」
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