第四章 忘れる夢のファンタジア

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   教会にたどりつくと、唯人はなぜかいつも、屋根の十字架を見てしまう。  今にもそこに《誰か》が、舞い降りてくるような気がする。  それは『気がする』だけで、実際には起こらない。  その瞬間だけ、唯人は彼女の名前のかけらを思いだせるような気がする。  あの日――海辺で目覚めた朝も、同じことを考えていた。  正確に言えば唯人は、前後の記憶が混乱していた。  あのときより前のことを、うまく思いだせないのだ。  高台の公園で梨沙に告白されたのは覚えている。  その後、父親と諍いをしたのか、(その原因も思いだせない)唯人は突然「出かけてくる」と父親に言ったらしいのだ。  唯人はその前から「様子がおかしかった」らしく、ブツブツひとり言をつぶやいていたと言われたが、それも覚えていなかった。  そしてひとりで公園に行ったり、その隣の図書館へ行ったり、水族館へ行ったり、遊園地へ行ったりもした。 (どうしてひとりでそんな場所へ行こうと思ったんだろう)  そのときの写真は今も、SNSに残っている。莉愛がいなくなってから、放置していたアカウント。夕焼けの空が数枚と、「やりたいことをしようと思う」なんてコメントが載っていた。  自分で投稿したはずなのに、それもあまり覚えていない――なんてことがあり得るだろうか。薬のせいかもしれないね。晴見先生もそう言った。  夕暮れの空を見ていると、今も頭がぼうっとする。 『綺麗ですね』 《誰か》がかたわらで告げる声が、今にも聞こえるような気がする。 「莉愛、君に話したい夢の話があるんだ」  莉愛が眠る墓石の前で、唯人はそう話しかける。  それはきっと、終わらない鎮魂歌(レクイエム)になるだろう。  墓地を風が吹き抜けていく。  その声は秋の風にのって、どこまでも遠い空の彼方へ運ばれていくようだった。
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