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散歩は一時間くらいだった。街路樹の植わった路地を抜け、交差した裏道を迂回する。あまり細い道だと足元が覚束ないため、灯りのある道をいく。照らされた夜道を歩いていると、唯人は一瞬だけ、自分にも「進むべき道」があるような錯覚にとらわれる。一方、このまま夜に溶けるように消えてなくなってしまえたら、どんなにいいだろうと思う。
教会に立ち寄ることにしたのは、行くと決めていたからだ。
神さまなんて存在しない。
今年十六になる唯人は、とっくにそう知っていた。世界は時折、「大切なひと」をいとも簡単に消してしまう。その絶望も、やるせない思いもこの先なくなることはない。だから、唯人が教会に行ったのは「神さまに祈るため」じゃなかった。唯人は静かで揺るぎない決意を胸に抱えたまま、教会の前で立ちすくむ。
(必ず僕も行くから、待っていて)
ただそれだけを、空に祈った。
ライトアップされた十字架が夜空に映えていた。
どれくらい時間が経っただろう。
雲に隠れていた月が姿を現すのと同時に、白い羽がふわりと唯人の頭上に舞い落ちた。
(――羽?)
唯人はつられるように空を見あげて絶句した。教会の十字架の上にひとりの天使が佇んでいた。大きな一対の羽が、月夜を背景に輝いている。
それは『天使』としか形容できないものだった。
天使は、白いワンピース姿で夜空を無心に見つめていた。
(なんだ、あれは……)
唯人はくり返し目をこすった。
幽霊とかUFOとか、非現実的なものを今まで目にしたことはなかった。
(なんで、よりによって天使……)
唯人は目を逸らせなかった。
「あり得ないものを見ている」という実感が、鳥肌となって立ちのぼる。
普通の人間じゃないだろう。彼女は内側から光を発していて、神秘的な雰囲気をまとっている。ゴクッと唾を飲みこむと、天使は気づいたように唯人の方を見下ろした。
今度こそ、唯人は息をとめる。強いめまいにおそわれた。
彼女は――一年前に事故死した、莉愛にとてもよく似ていた。
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