第四章 忘れる夢のファンタジア

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 その後、彼は私に《彼女》のことを教えてくれた。 『宮家莉愛』  その名前が告げられた直後、私のなかの《私》が、ビクンと震えたような気がした。  でも、私は最後まで《私》に気づかないふりをした。 「そのときはミハネも過去を思いだせるかな」  彼にそう聞かれたとき、最初は「そうかもしれない」と軽く応えるだけだった。  その言葉は当たっていた。  私は、徐々に《私》を強く感じるようになった。  時を経るごとに《彼女》の声は、どんどん大きくなっていった。 「消えたくない。このままでいたい」 《彼女》はそう叫んでいた。  羽を取り戻せば、もう二度と彼とは会えなくなってしまう。  でも――天使としての『私』は空に帰りたがっていた。 (彼が「幸せを感じる」ことで失った羽が戻るなら、それでいいはずだった)  でも、私のなかの《声》は、許容できなくなっていた。  私のなかの《私》――『ミハネ』のなかの《宮家莉愛》は。 「やりたいことは、やりつくしましたか?」  学校でそう聞いたとき、  ――ずっと一緒にいたい。  そう言う彼の声を聴いた。  それを、私のなかにいる《彼女》もきっと聞いていた。 「あともうひとつだけ、やりたいことがあるんだ」  彼の『やりたかったこと』  ――本当は、その決意をとめるはずだったのに。  高校の文化祭のさなか、『漆黒の裁定者』が私の前に現れた。  ずっと目をつけられていたのだ。  私を監視するために。でも、私は彼の《本当の正体》を知っていた。 「本当に戻りたいのなら、天の掟に従うことだ」  ルシフェルは私にそう言った。  天の掟。  つまり、彼のことを忘れること。  すべてを忘れた状態で、また『天使』に戻ること。  ――彼とずっと一緒にいたい。  そう願うことは、『死』をもたらすことだった。  ルシフェルの本質と同じように。  それだけは、『天使』として避けなければいけなかった。  地上に降りてきたこと自体が間違いだったのだ。  そう知っていたはずなのに、いつのまにか後戻りできない地点まで来てしまった。
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