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――せっかく思いだせたのに。彼の声を聞いたのに。
《彼女》がそう言うのが分かって、そのときにはもう、『私』でいられなくなるギリギリの淵に立っていた。
羽は戻りかけていた。
夜になると現れる羽は――私が夜にしか飛べない天使になることを示唆していた。
つまり、タナトスになることを。
彼にいつまでも終わらない夢を見せてしまうことを。
(そんなこと、できるはずがない)
そう思う『私』と、
(いつまでも隣にいたい)
そう願う《彼女》が混ざりあって、どちらの私にもなれなかった。
大切だったのだ、とても。
見過ごすことができないくらい。
感情はなくしたはずなのに、心を揺さぶられるくらい。
一緒に泣いてしまいたいくらい。
それくらい、彼が好きだった。
とても無視できなかった。
彼が心の底から、叫んだって分かったから。
最後の最後になって、そのときのことが鮮明に思い浮かぶようだった。
とても大切だったから、守りたいと思ったことも。
(――でも)
とても愛しいひとだから、もう忘れなければいけない。
(また、『天使』に戻るために)
「――ミハネ!」
海辺に声がこだまする。
どこまでも続く静寂を切り裂くような声だった。
「莉愛! お願いだ、このまま消えないでくれ。これが、本当に最後だから」
そうつぶやかれた声が風にまぎれる寸前に――その声に呼び覚まされるように、『私』から《莉愛》が現れた。
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