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*
彼の声を聴いたとき、
《私》のなかの何かがはじけた。
ずっと、また会いたかった。
たとえ世界に見はなされても、
悪魔になってしまっても、
本当の「幸せ」から遠ざかってしまっても、
彼の願望は全部、
《私》が叶えてあげたかった。
本当は「人間だった」記憶は、消えていくはずだったのに。
それでも、《私》は彼を見つけた。
彼に心の底から、呼ばれたって分かったから。
――ごめんなさい。最後だけ、
《私》が姿を見せるのをゆるして。
◆
「――莉、愛……?」
名前を呼んだ瞬間、さっきまでいなかった女の子がすぐ目の前に現れた。
波の音が遠くなる。
東の空の底の方が、どんどん明るさを増していた。
《彼女》は――唯人を見つめると、泣きだしそうな顔をした。
「――唯人……」
それは、一瞬にも満たないようなわずかな時間だった。
視線が交わったかと思うと、白い一対の羽が彼女の背に現れた。
今まで見たなかで一番、綺麗で透明な白い羽。
(飛んでいってしまうんだ)
直観的に、そう分かった。
そうできるということは、《彼女》はきっと『天使』に戻ることができたんだろう。
本来なら、それを喜ばなければいけないのに。
「本当は、私も唯人と一緒にいたかった」
そう告げる声が聴こえてくる。
(でも、その想いが彼女を戻れなくさせるなら、僕は新しい決意を胸に刻まないといけない)
たとえ、そう分かっていても。
(ずっと一緒にいることを、僕は望んでしまったんだ)
そしてまったく同じことを、きっと莉愛も望んでいた。
直後、彼女は泣きそうな顔のままで微笑んだ。
見えない火花が散るように、目のなかの光が交錯する。最後の瞬間、莉愛は言った。
「ちゃんと最後まで生きて。おじいちゃんになって寿命がきたら、今度は唯人から会いに来て」
それが彼女に託された、本当の願いだって分かって、
苦しかった。とても。
胸がはりさけそうだった。
でも、
(今、どうしても彼女に伝えなきゃいけない言葉があるんだ)
「会いに来てくれて、ありがとう」
ただ、それだけを言いたかった。
そのために、ここまで走ってきた。
最初の朝日が東から差して、夜の闇を切り拓く。
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