第四章 忘れる夢のファンタジア

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「僕は、次の誕生日に自殺する予定だったんだ」  それがこの世で『最後にやりたいこと』になるはずだった。  だから、もし叶うならミハネと消えたいとさえ思った。  でも――、 (さっき交わした約束が、彼女が本当に望んでることなんだって分かったから) 「その気持ちは変わりましたか?」  そう尋ねた彼女はもう、唯人の知ってるミハネだった。  簡単に絶望はなくならない。  消えたくなる夜もある。  自分自身が嫌になって、すべて投げだしたくもなる――けれど。 「もう逃げないよ。それが、莉愛が叶えたい一番の望みだったから」  ――おじいちゃんになったら。  最後に告げられた言葉が、脳裏の奥でこだまする。  それだけが、彼女との約束だから。  そのときは、 (今度は僕から、彼女のいる場所まで飛んでいくから)  その言葉が聴こえたように、 「絶対また会えますよ」  優しくミハネがそう言った。  ふわりと暁の空へ飛翔する様子を目にすると、やっぱりひきとめていたくなる。 (行かないで)  そう言いたいのに、唯人は声を出すことができなかった。  ミハネはそっと顔を寄せる――と、  触れるか触れないか分からない程度に、唯人に口づけた。  知らず、唯人の目から透明な涙があふれだした。  どんどんあふれて止まらない。  なくした過去のすべてを洗い流すかのようだった。  莉愛を亡くしてからずっと、泣きたくても泣けなかった。  固く凝っていた何かが、涙とともにあふれだす。それはとても温かくて、熱を帯びた液体で、途端に目の前の風景がにじんで見えなくなっていく。 「ありがとう、唯人」  そんな声がふたつ、重なって聞こえたような気がした。  さよなら、という声も、夜明けの光のなかに溶けて吸いこまれていく。  幻想曲(ファンタジア)を奏でる夢にいざなわれるように、  唯人は束の間、眠りに落ちて――  朝のまぶしい光のなか、規則的に振動するスマートフォンの音で目覚めた。 『なるべく早く帰ってこいよ』  そんなメッセージが父親から届いていた。 (………?)  頭のなかがボーッとして、何も考えられなかった。  そのときには――莉愛に似ている天使(ミハネ)のことも、ルシフェルのことも忘れていた。  静かに打ち寄せる波だけが、足元を少しだけ濡らしていた。 (なんで、こんなところで寝てるんだ……)  いくら考えても、もう思いだせなかった。  ただ幸福な夢の余韻が、今も消えずに残っていた。
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