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◇
十一月に入ると、次第に空気は冬の冷たさを帯びるようになった。
もう今年も終わるんだな、なんて当たり前にいつも思うことを反芻する。
(唯人くんにフラれたら、私はもっとずっと、へこむんだと思ってた)
意外にも大丈夫でいられることが不思議だった。
梨沙は、高台の公園に唯人のことを呼びだした。
その場所で告白して、フラれた。あれからもうすぐ一カ月経つ。
『梨沙ちゃんがいてくれて、よかった』
唯人はハッキリそう告げた。
好きになってくれてありがとう、とも。
その言葉を思いだすと、今も胸が締めつけられる。
(それだけだったはずなのに)
なぜか、もっと大切なことを唯人と話したような気がした。
それが何かは、分からない。
もっと他のこと――伝えなきゃって思ったことが何かあったような気がする。でも、その記憶も日を追うごとに薄れていった。
今はまだ胸の奥底に、失恋の痛みだけがある。
あれから――登校する前や下校途中、唯人の姿を見かけると、
「おはよう」って声をかけられるようになっていた。
どうして前はあんなにも躊躇していたんだろう。
梨沙はずっと唯人に避けられているような気がしていた。
ふたりとも手の届かない彼方に行ってしまったような、寂しさだけが渦巻いていた。今もその事実は変わっていないはずだった。莉愛は一年ほど前、天国へ旅立ってしまったし、唯人にもフラれたのだから。
でも、
「おはよう、梨沙ちゃん」
そう応える唯人の顔は、以前よりほんの少しだけ優しくなったような気がする。
簡単に嫌いになんてなれない。
今も、その表情を見るたび目が吸い寄せられてしまう。
ずっとずっと惹かれてやまなかった初恋のひと。
この恋の終わりをまだ、引き伸ばしていたかった。いつかちゃんと自分であきらめられる日がくるまで。
同じ高校に入学する目標もいまだ変わらない。もうしばらくは受験だけに集中する日々だろう。長い冬を越え、春になったら、ほんの少しだけ成長した自分に会えるのかもしれない。
莉愛の果たせなかった夢を、未来を繋いでいくために。
「あのね、唯人くん、今度勉強教えてくれないかな」
こうやって話しかけるのも、前ほど緊張しなくなった。
それが今は、少しさみしい。
もちろん、と言う声に梨沙は思わず微笑んだ。
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