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たとえ覚えていなくても、唯人は莉愛が天国から会いに来てくれたような、見守られているような、そんな気持ちがしてしまう。
ずいぶんおめでたい話だと思う。
(この感覚は、きっと誰にも説明できやしない)
唯人は歩きながら、太陽に手を透かしてみる。
なぜか、この手を《誰か》と繋いでいたような気がする。
それが莉愛であるはずがない。記憶のなかで唯人は、手を繋げなかったから。それはハッキリしているのに。
(どうして一緒に散歩をしていた気がするんだろう)
ふたりで手を繋いで。
どこまでも続く空の下を歩いたような気がするんだろう。
それもよく見る夢の影響かもしれなかった。
それが、もしも全部薬のせいなのだとしたら、たいした効果だな、と思う。
スマホの液晶画面を見る。
十一月二十日。
(この日が、本当は最後の一日になるはずだったのに)
夢で交わした約束が熱を帯びているせいか、自殺する気になれなかった。
(不思議だ。莉愛がいなくて、とても寂しいのは同じなのに)
時に洗い流されて、悲しみは少しずつ摩耗して、今日も明日もずっと、生きていけたらと思うなんて。
(そう思わせてくれた、《誰か》がきっといるはずなんだ)
――そのひとの名前ももう、僕は覚えていないけど。
夢のなかでときどき、唯人は名前を呼んでいる。
それは夢のなかでしか、告げられない名前だった。
彼女は唯人のかたわらで、嬉しそうに「はい」と微笑む。
そのとき胸に広がる波紋だけを覚えていた。
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