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【後編】
まさか通るまいと思っていた【銀河鉄道スリーマッチョ企画】がさらさら~っと通ってしまった。
提出した翌日には社長が直々に銀河駅に顔を出し、
「あの企画通ったからよう、おめたち今日からマッチョ運転士部配属な。他の駅でも何人かマッチョいるみてえだから交替勤務で。
んで、他の駅から銀河駅に臨時で非マッチョ職員引っ張ってくっけぇ、遠慮なく脱毛エステと日サロ通ってけれ。おお! そうそう、勿論経費で構わんで」
と安藤、井上、上村の肩を叩き、やっぱエエ体しとるのぅ、と満面の笑みを残して帰っていった。
「おいおい、するっと通ってまったやないか井上さん。
どうすべよ。俺たち裸ネクタイで出発進行ォーとかやる羽目になったでねえかー」
安藤が井上の着ているシャツを掴んで揺さぶった。
「馬鹿たれが、誰もまさかあんなもん通るなんて思う訳ないべ。それにおめたちだってノリノリで経費経費叫んどったでねえべか」
ガクンガクンと揺さぶられるまま井上が反論した。
そこを突かれると安藤も上村も痛いので黙り込む。
「……いや、まあ社長命令だべ。やるしかねえだよ」
星野が長い沈黙を破った。
「それによ、俺たちにゃもう捨てるもんなんかねえだ。このまま黙ってたら3年後には無職やぞ? な?
無職のマッチョなんぞ、テレビのSOSUKEにでも出るしか許される道はないべ。
金も入れねえ在宅マッチョなんか場所取るだけで、銀河町では燃えるゴミと同義語だ。ワシもこのまま無職になったら母ちゃんに物置に片付けられるわ」
「……それもそうだべ。
無職になったらばよぅ、只でさえ嫁になってくれる女子もいねえのに俺たちおしめえだべ。
星野さんだって結婚して子供もおるのに、俺たちは結婚したいと言う権利すらなくなるわ」
井上が思い詰めたような顔で言うと、安藤も上村も頷いた。
「んだんだ。──ええべ、俺たちの筋肉で集客出来るなら、裸ネクタイでも日サロでも脱毛でも何でもやったろや。もう銀河鉄道に後退はねえんだ。
まあ初めての恋人に肌を晒す前によそ様に晒すとは思わねかったけども、銀河鉄道の廃線ば食い止めねば未来はねえべ」
「んだ! 銀河鉄道の存続が決まれば、俺たちも贅沢は言わねえから、せめて30代位までの女子をゲット出来るかも知んねえべ」
「美佐枝さんの取り合いになったら友情も何もねえもんな。美佐枝さんの超売り手市場だわ。
……そうと決まれば~脱毛♪脱毛♪経費で脱毛♪」
「日サロ♪日サロ♪経費で日サロ♪」
「モテ期♪モテ期♪頼むぞモテ期♪」
3人くるくると輪になって踊り出したのを見て、
(ワシも本気でトレーニングばして、皆の役に立たねば……)
と拳を握る星野だった。
そこからは驚くほどの速さで物事が進んだ。
「星野さん……俺らもうどこもかしこもツルツルになってまって、もう婿には行けんかも知れん……大事なとこまであんな……」
と顔を覆ってさめざめと泣き出したと思ったら、こんがりといい色に焼けて戻って来て、
「星野さん、見た目だけならば俺たちエグ何とかみたいでねべか?」
とテンション高く語り出したりと精神的に不安定になっていたようだったが、4月からのマッチョ鉄道のためのポスターを撮影したり、ポスターの【ぎんかわ】のフリガナに対して、
「絶対ここは明朝体でなければダメだって。ゴチックは太くて目立つべさ、なあ?
ここに書いてありますけども何か? 的な淡い感じで行くべきだべ」
などと我が社に2名しかいない広告班に強く発言できるようになって、大分吹っ切れたようだった。
3人は発案者として、他の各駅に配置されるマッチョたちともこまめに会合を開いて、サーフパンツの色合いだの、普通のネクタイと蝶ネクタイのどっちがいいかだのと周囲からみればふざけてるとしか思えないような内容を真剣に話し合っていた。
だが、星野は彼らがストレスで食べたものをトイレで戻していたり、夜もよく眠れないようで目の下にクマが時々出ているのを知っていた。
当然だろう。自分たちの冗談半分の企画書に銀河鉄道の未来がかかってしまったのだから。
背水の陣なのである。会社も安藤たちも。
だが、思ったより好意的に他の各駅でも受け入れられたのは、よそも会社の事情が分かっているので、もう藁にでもすがりたい気持ちであったのだと星野は感じた。
そして4月1日早朝。
制帽にネクタイ、白手袋に花柄のサーフパンツを穿いた安藤、井上、上村は、星野の前で敬礼をし、
「では、行ってきますだ星野さん」
と力強く挨拶をした。
「おう。やれることは全部やったべ。もう後は運を天に任せるだけだ」
星野は背中を叩いて送り出した。
そして、始発からマッチョ運転士を見る為に、始発駅から今まで見たこともないほどの乗客が押し寄せた時に、3人はお婿に行けないような体になってしまった自分たちが報われた……と感じ、仕事を終えた後、星野と4人で居酒屋で乾杯し、男泣きに泣いたのである。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
だが、ちょっと乗客が増えた所で、このまま何もしなければ一時的な物で終わってしまう。客に飽きられたら終わりである。
「社長、温泉街の組合とも手を組みましょう。
うちらが廃線になってまったら、あっちだって更に客が落ち込む一方だべよ」
旅行と言えば土産物である。
銀河鉄道と銀河町温泉街は、マッチョ継続押しのために様々な土産物を開発・発売した。
「マッチョ温泉饅頭」
「期間限定・マッチョが打った抹茶そば」
「マッチョ焼き」(人形焼きのマッチョ型)
「銀河鉄道チョコレート(ビターマッチョ・ミルクマッチョ)」
「マッチョカレンダー」(薄味・濃い味)
「マッチョキーホルダー」(ブーメラン、サーフパンツ、フンドシ)
「マッチョ手拭い」
……エトセトラエトセトラ。
高くしてはリピーターにはなるまいとなるべく低価格に抑えた。何しろ一時的な賑わいでは困るのだ。
末長くお付き合い願わなくてはならない。
これが話題になり飛ぶように売れた。
そして銀河町町長は、この反響で本腰を入れてマッチョの町で押して行く事を議会で決定した。
温泉街では、
【ようこそいらっしゃいマッチョ!
マッチョな番頭がお客様をお出迎え♪
仲居マッチョのおもてなしも可能(要予約)!】
【マッチョにお姫様抱っこされての記念撮影は如何ですか?】
【マッチョと行く銀河川クルーズ!】
【食事をしながら目に眩しいマッチョのポージングを愛でませんか?(掛け声パンフ無料配布)】
【週末はエレクトリカルマッチョパレードで恋人同士の楽しいデートを♪】
と様々なイベントも打ち出してきた。
もうマッチョに乗っかる事に決めると、温泉街も将来の発展がかかっているため全力投球だった。
しかし、銀河町のマッチョだけでは限りがある。
そこで銀河鉄道の社長と町長がスカウト会社を設立。
週末になると大きな町にスカウトマンが派遣され、
「お兄さんいい体してるね! 銀河町で働かない?
ゴリマッチョ優遇だし、今ならプロテイン手当も付きますよ」
とマッチョハンティングが活発に行われるようになった。また、マッチョも体1つあればいい訳で、次第に銀河町で暮らすようになる人間も増え、少しずつ人口が増加して来たという嬉しいニュースにも繋がった。
その頃にはSNSなどでも、
「絶滅したと思われたピュアマッチョ、シャイマッチョが銀河町で発見された」
「桃源郷キタコレ」
「集まれマッチョの森」
などと女子高生やOLなどが後押しをしてくれて、マッチョ好きな若い女性の転入者まで増えるという夢のようなオマケがついてきた為、数少ない町の若者はこぞって筋トレに励むようになった。
銀河鉄道も温泉街に負けてはいられないと、
「ミステリートレイン:湯けむりマッチョ殺人事件~ダイイングメッセージの【ろっかぃ】の意味は?貴女にこの謎が解けるだろうか~」
「宴会・お祝い事に、銀河鉄道で景色を眺めながらの1杯を! お座敷マッチョ、出発進行ォォ!」
「車内DJ銀ちゃんの、銀河鉄道見所マッチョ案内」
など、社内総出で新しいネタを持ち寄っては、お客様を飽きさせない企画を絞り出した。
そうこうするうちにテレビでも取り上げられるようになって、故郷が盛り上がっている、と趣味で筋トレをしていた若者や中高年……大都市に出ていった町民が戻ってくるUターンマッチョも発生する有り難い事へと繋がった。
そして、手の空いたマッチョの有効活用という事で『お助けしマッチョ部』が立ち上げられて、年寄り世帯の冬場の雪降ろしや雪かきに始まり、デイサービスへの送り迎え、粗大ゴミの家からの運び出しなど格安のサービスも始まった。
年寄りたちは、ムキムキのいかしたお兄ちゃんたちが手助けしてくれるので嬉しい、マッチョたちも役に立てる上に、じーちゃんばーちゃんからは褒めてもらえるわ、筋肉に負荷をかける仕事で筋トレになるわで良いことづくめであった。
銀河町では既にマッチョは観光資源であり宝、年寄りたちの愛されるアイドルとなっていた。
そして2年。
もう廃線に怯えていた銀河鉄道株式会社はじばんを強固にし、溜め息をついていた社員たちももういない。
銀河町といえば「ああマッチョの」と言われるまでの知名度になった。
星野もたゆまぬ努力でアダルトマッチョ・熟マッチョとして、中高年のマッチョたちの足場作りにも勤しんでいた。
最後の砦だった髪の毛は無くなってしまったが、ツルマッチョというのもハリウッドで結構いるらしく、一定数のファンがついてるのだとかで、星野も一緒に写真を撮って欲しい、などと嬉しい言葉もかけて貰えるようになって、すっかりどうでも良くなってしまった。
激生えボンバーとの関係性はいまだ分からない。
安藤や井上、上村も、念願の彼女が出来てこの世の春を満喫していた。
(まさか、筋肉で会社も町も救えるようになるとは思わなかったべ……マッチョの神様、本当に感謝するべ)
心の中で感謝を捧げると、定年までは鍛え続けねば、とぶら下がり健康器で1人懸垂を始めるのだった。
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